第185話 (171)邂逅
——あの子のことかもな
俺はシャクレに言われた通り、更衣室までの道をゾンビとなって漂っていた。シャクレが言っていたファンの子がどの人なんだろうと時々周りを気にしながら歩いていた。しかし、中々見つけられずにいた。まぁそんなすぐにわかるものでもないか。シャクレ伝いであんなに遠回しに言うくらいだ。もしかすると正体がバレたくないのかもしれない。そうなると詮索するのも野暮かもな。
カシャカシャカシャ
——あれ、もしかしてあの子か?
そう思っていたのも束の間、どうやら俺はそれらしい子を見つけてしまったようだ。
もじゃもじゃとした長髪パーマの女の子がカメラを構えてひたすらこっちを撮ってきている。先ほどから道を漂っていて、たびたびカメラで撮影されるが、この子の熱量は他のそれとは全く違った。なんせ髪型が俺のゾンビの仮装と同じだ。きっと合わせてきたのだろう。
——この子のために俺はゾンビを全うするぞ
「うーうー」
カシャカシャ
——元気そうでよかった…
シャクレの話では落ち込んで今にも死にそうだったという話だったが、目の前でシャッターを切っている彼女は健康体そのものに見えた。あいつ、話を盛る癖があるからな。脚色して話したのかもしれない。
〜〜〜
——本当にいた!!
私はメインステージを離れて、ストリートに繰り出すと、本当にもじゃもじゃゾンビが歩いていた。私が見間違えるわけない。この髪の質感、衣装、全てがこのゾンビが本物だと証明している。
「うーうー」
しかし演じているダンサーさんは、今まであまり見たことのない人だ。多分新人さんなのかな?うめき声も少し下手に聞こえるけど…そんなことは関係ない。
カシャカシャカシャ
私は夢中でシャッターを切った。もう次いつこのゾンビに会えるかわからない。もじゃもじゃゾンビが復活するのは今日、このオールナイトの間だけかもしれない。推しは推せるうちに推せと、昔から沢山の人が言っています。私は今日このオールナイトで、久しぶりに会えた推しの写真を撮ることに全てを使います。もうこれっきりでいい。私のありったけをここでつかうんだ。
カシャカシャカシャ
「うーうー!」
夢中でシャッターを切る私に気づいたのか、もじゃもじゃゾンビさんが私の方に向かってポーズをとり始めた。
——え、このポーズめちゃくちゃ良い
カシャカシャ
もじゃもじゃゾンビさんは、次々と私が写真を撮りやすいように色んなポーズをとってくれる。
——え、待って。今日ファンサエグいんですけど?
カシャカシャ
あぁ、夢みたいだ。ゾンビナイトの初日にもじゃもじゃゾンビがどこにいなくて泣き崩れたことを思い出す。あの日からすれば嘘みたいに幸せな時間を過ごしている。もじゃもじゃゾンビさんが私の目の前にいて、写真を撮り放題、その上にポーズまでとってくれる。今日撮ったこの写真たちは宝物である。
——でも…もう大丈夫かな…
気付けば長い時間もじゃもじゃゾンビを独り占めしてしまった。ゾンビは私だけのものじゃない。今日ゾンビナイトに遊びにきているみんなももじゃもじゃゾンビを楽しむ権利がある。これ以上独占することはオタクとして、オタクだからこそできないな。
「もじゃもじゃゾンビさん」
「うー?」
「今日は久しぶりに会えて本当に嬉しかったです。ありがとう」
「うーうー」
「またいつか…会えますよね?」
「うー!!」
〜〜〜
「うー!!」
——喜んでもらえたみたいで良かった
俺は彼女に背中を向けて、更衣室の方へと歩き始めた。彼女の視界にあるうちはゾンビを辞めるわけにはいかない。
ほろり
気付けば俺は涙を流していた。ダメだ。止まれ。ゾンビは涙なんて流さないだろう。しかし、目に涙を溜めて俺にお礼を言ってきた彼女の顔を思い出すと何だか心にあたたかいものが満ちて感極まってしまった。
——たかがゾンビだけどあの子にとっては心の支えだったんだろうな
正直ゾンビが何なんだと思っていたけれど、実際自分がゾンビを演じてみて、ファンを目の当たりにしてその魅力に気付かされた。ゾンビダンサーって素晴らしい職業だな。
——俺もやってみたいなぁ
シャクレにどうやったらなれるのか聞こうかな、あいつはパークのダンサー経験者だし。俺ももうおじさんだけど、まだゾンビダンサーになれるかな。このもじゃもじゃゾンビがあの子を元気付けたように、俺もパークでゾンビダンサーをやることで人を元気付けることが出来るだろうか。
「うーうー」
やがて、俺は更衣室に辿り着いた。シャクレに言われるがまま、突然ゾンビとして道を歩くことになったが、かつてない充実感が体を包んでいた。次この道をゾンビとして歩く時は、仕事としてだといいな。
更衣室の扉を潜った俺は、ゾンビの歩き方から人間のメガネの歩き方に戻った。ケータイでシャクレに連絡してみたが、繋がらない。あいつは今どこで何をしてるんだ?人が頑張ってたというのに。
『ウォォーン、ウォォーン』
サイレンの音が遠くから聞こえてくる。もしかしてショーが始まるのだろうか。着替えたら、ステージの方をちらっと見に行ってみようかな。