第182話 (168)こっちみてきいて
「ノベルナイトが出るのってここですかー?」
「はい、こちらのステージになります」
「ありがとうございますー!楽しみ〜」
「間もなく開始なので、楽しんで下さいね!踊っちゃいましょう!」
「はい、ありがとうございますー!」
私はお客様の対応をしながらも、気が気ではなかった。
——カッピー君、どこに行ったんだろう
何か悩んでいたのだろうか。まさかよく聞くバイトのバックれだろうか。ダンサーでバックれると言うのはかつて聞いたことないが、カッピーはZ世代だ。ニュース番組等でZ世代の働き方の価値観の違いをよく目にする。
——もしかして悩んでたのだろうか
カッピーもバイト始めたてで大きなステージのトリのダンスなんか任せられてプレッシャーだったのかもしれない。どうして私は気づいてあげられなかったんだ。昨日今日ダンサーを始めたばかりの男の子に任せた以上、丁寧にメンタルケアを行うべきだった。
——いつまで経っても一人前にはなれないなぁ
完璧を追い求めても、目指せば目指すほど完璧は遠ざかっていくように感じる。成長しても成長しても、以前は見えなかった粗や未熟さがどんどんと見つかっていくだけだ。
「あれ?ビッグボスじゃーん!お久〜!」
私がお客様の誘導を行っていると、突然近づいてきて話しかけてくる男がいた。その男はアゴをシャクらせながら、ニコニコと笑って手を振っていた。
〜〜〜
俺はメガネを離れた位置から見張っていた。メガネはゾンビのように呻きながら、ゆっくりとストリートを進んでいた。
「うーうー」
——あいつゾンビに入り込みすぎてて進むのめっちゃ遅いな…
メガネが早く更衣室に辿りついてくれないと、俺の心が落ち着かない。時間がかかればかかるほどスタッフに見つかる可能性も高まる。くそ!もっと違う嘘をつくべきだったか?
——ん?あれは?!
客に手を振るスタッフが目に入る。あれはビッグボスだ。まずい。あいつは鋭い。もし、メガネのもじゃもじゃゾンビ姿を見られてしまったら、きっと思考がたどり着く。あの衣装が倉庫からの盗品であると。そして、メガネが捕獲され、俺が衣装を盗んだこともバレてしまう。くそくそ!リュウももっと早く着替えた時点で教えてくれれば良かったのに!何で俺がこんなに焦らなきゃいけないんだ!
——かくなる上は…!
俺がビッグボスに話しかけて、視界を誤魔化すしかない。メガネに注目させないようにしなければ…!
「あれ?ビッグボスじゃーん!お久〜!」
〜〜〜
——げっ?!シャクレ?!こんな時に七面倒くさいやつが来たな…
「おいお〜い!そんなめんどくさいやつが来たみたいな顔するなよ〜」
こいつはシャクレ。元々パークのベテランダンサーだったけど、問題行動が続いてクビになった問題児中の問題児だ。児というか年上のおじさんだけども。
「いや〜それにしてもオールナイト、大盛況だなぁ〜。ビッグボスの手腕のおかげかな!あはは!」
「そんな思ってもないお世辞はやめて。気持ち悪いから」
「て、手厳しぃ〜!」
何だこいつは?突然絡んできて。目的は何なんだ。相変わらずの軽薄な喋り方だ。パークを辞めてから、軽薄さに一層磨きがかかった気がする。生理的に無理なこの感じ…久しぶりでも全く受け付ける気がしない…。
「そうだ!ビッグボスも俺の主催のダンスイベントに来てよ〜!パークのダンサーしてる子も出てくれてるからさ!あの…ほら!ココロくんとか!」
「まぁ暇だったらね…そうか…ココロくん…」
そうだ、ココロくん。ココロくんの問題もまだ解決していない。上司さんとニセ姉に後のことは任せて出てきたけど、何の連絡もないということはまだ代役は見つかってないのだろう。ダンサーさんはもうみんなゾンビ役で出払っている。今からの代役は絶望的だ。
「いや〜こうしてゾンビがダンスしてるのを見ると懐かしいよ〜。俺もそのうちまたやりたいな〜ゾンビ。ルッタッタ〜ルッタッタ〜って。あ!もうこのダンスじゃないか?古い?古いかな?あははは!」
——待てよ?
シャクレのやつ、もしかしてルッタッタダンス踊れるんじゃないか?そうだ。シャクレが働いてた頃はルッタッタダンスだ。コイツに頼むのは不本意だが、背に腹はかえられない。藁にもすがるならぬ、シャクレにもすがるしかない。
「シャクレ!あんた、もしかして今暇?」




