第178話 (164)千客万来-4
わいわいがやがや
私はいつも通りカフェのテラス席でコーヒーを飲みながら、混雑するパークを眺めていた。一ついつもと違うところがあるとすれば、今は本来であれば閉園しているはずの時間だと言うことだ。オールナイトイベントは時々開催されるが、ゾンビナイト期間中に開催されるのは初めてのことである。大混雑して人がカオスになるゾンビナイトをオールナイトで開催するなんて大丈夫なのかと思っていたけれど、程よく賑やかで行き交う人々もオールナイトということで高揚していて、良い空気感がパークに満ちていた。
「はぁ…」
そんな空気感の中で浮いている男が私の前に座っていた。その男は陰鬱なため息をついて、首を垂れていた。見るからに元気がなく、およそテーマパークに遊びにきている人には見えなかった。
「ラブさん、そんなに落ち込まなくても」
「で、でも…デイちゃん…これはつらいよ…」
——辛気臭いなぁ、このおっさん
折角テーマパークに来てるんだから楽しめばいいのに。賑やかなパーク内で私たちのいるこの席だけ、場末のバーのような寂れた雰囲気になってしまっている。
「アイドルゾンビ復活って噂だったのに…」
どうやらラブさんはアイドルゾンビが復活すると思って、オールナイトに来たようだ。蓋を開けてみれば、アイドルゾンビはどこを探しともおらず、途方に暮れていたらしい。私もその噂は見たが、出所の不確かな情報で眉唾物だと感じていた。
「その復活の噂って誰が言ってたんですか?」
「確かコツさんが…」
「コツさんってテーマパークのコツってアカウントですか?」
「そうです…」
テーマパークのコツ。パークの情報を発信しているファンアカウントだが、時折不確かな情報を発信するという噂だ。私もあまりネットに強くない方なのだが、その情報は耳に入っている。デマに踊らされる人がニュースになることがあるが、その例となるような人が目の前にいるなんて。
「ラブさん。公式が発信したわけじゃない不確かな情報に踊らされちゃだめですよ」
「でも…みんなそれで盛り上がってたし…」
「気持ちはわかりますけど…情報源はちゃんと確認しないと…」
「いやぁそうですよねぇ。いい年した大人が情けない…会社でも若手によく言われるんです…はぁ…」
——何で私はオールナイトイベントにこんなに暗いおじさんと2人なんだろう
飲んでいるコーヒーの苦味が強く感じるのは、この空気のせいなのか、それともカフェがコーヒーの配分を変えたのか。真相はわからないが、この場の空気がどんよりしていることは確かだ。
「落ち込んでてもしょうがないですよ。もうこうなったら開き直って、オールナイトを楽しみましょう?せっかくのイベントなんですから」
「そ、そうですね…!こんなところで暗くなっててもしょうがないですもんね…」
「そうそう!いつもみたいにゾンビさん達に求愛してしたらどうです?」
「そうですね…!景気付けに!やってきますかな!あはは…」
無理して明るく振る舞ってはいるが、その笑い声はどこか力無く感じた。それかラブさんはどこに向かうでもなくスマホをぼんやりと眺めていた。
——私もそろそろ移動しようかな
もうじきメインステージのショーが始まるはずだ。ノベルナイトという若者に人気のバンドを見られるチャンスなんて、そうそうない。私もこのゾンビナイトのテーマソングきっかけに少しだけ聴いてみたのだが、結構好きな曲調だった。今日は何曲くらい演奏してくれるのだろうか。
「あっ!あぁ!!!」
そんなことを考えてながら、ラブさんを置いて席を立つタイミングを伺っていると突然ラブさんが大きな声を出して立ち上がった。
「ど、どうしたんですか?」
「こ、これ見てください!」
そう言って彼が差し出したスマホの画面にはSNSの投稿が載っていた。
『ウルパー、やりますね。ここで、新ゾンビ、出して、きました。大企業の、意地、ですね』
という文章と共に2枚の写真が載せられていた。一つはもじゃっとしたゾンビ、そしてもう一つは可愛らしい女の子のゾンビの写真だった。
「これがどうしたんですか?」
「この女の子のゾンビ!」
「え?!もしかしてアイドルゾンビさんなんですか?」
「いや、違います」
「え?じゃあ何ですか?」
「見た目がめちゃくちゃ好きです!」
——はぁ?
「これは求愛しに行かなくては!待っててねぇ!可愛いゾンビちゃーーーん!!」
そう言うとラブさんは急いでどこかへと駆けて行ってしまった。元気になったようで何よりだけど、本当にさっきの写真は新ゾンビなのだろうか。
私は自分のケータイで先ほどの投稿を調べてみる。それはテーマパークのコツというアカウントが投稿したものだった。
——怪しいなぁ
ただでさえ怪しい情報が、発信元がテーマパークのコツだと判明したことで一層怪しさを増した。この写真に写ってるゾンビ達は本当にパーク側のゾンビなのだろうか。
——ま、関係ないか
いくら邪推したところで、私は単なる一人の客だ。問題はきっとパークのスタッフさん達が解決してくれることだろう。私は腕時計で時間を確かめる。そろそろ、メインステージの方に行ってみるか。後ろの方ならまだスペース空いてるかな?
私は残ったコーヒーをぐいっと飲み干して、そのまま席を立つ。コーヒーは先程と変わらぬ苦味で、どんよりとした空気の影響で苦くなっていたわけではなかったようだ。私は次からは砂糖を少し入れてみようと思ったのだった。




