第171話 (157)Run Run-1
何とか追い出しを終えて、ゲートに辿り着いたのはオールナイトの開園まで5分を切ったところだった。しかし、まだ仕事は終わりじゃない。むしろこれからがスタートなのだ。ゲートの向こうには、オールナイトの開園を今か今かと待つお客様の列でごった返していた。
「開園しても走らずゆっくり歩いてくださいねー」
待機しているお客様の列に向かって、念を押して何度も何度も走らないようにアナウンスする。スピーカー越しの声よりも、地声で言った方が効果がある気がするのは、長年の経験によるものだ。なぜこんなに注意するのかというと、一部の常連さんはメインステージのショーの場所取りに走るためである。この人数が一斉に走り出すと収集がつかない。年末に行う年越しのカウントダウン営業の際にも似たような現象が起こる。今はましになったが、昔は某神社の福男選びの全力疾走のような感じでとても危なかった。
——あいつ、怪しいわね
いる。私の目の前に開園した瞬間走り出しそうな奴がいる。屈伸と前屈を繰り返して準備運動のようなことをしている。時々ぴょんぴょんとレース前の陸上選手のように飛び跳ねたりもしている。間違いない、あいつは走る。よく見たらこの前走ってた人な気もする。あいつはマークしておかないと。
「それでは、ゾンビナイトオールナイト営業!開園しまーす!」
パチパチパチパチ
アナウンスが鳴り響くと共に、いよいよパークが開園する。お客様達が期待感に満ちた拍手と歓声をあげている。オープンのBGMも流れ始める。
——遂に始まるなぁ。私たちにとって初の試みのゾンビナイトのオールナイトイベントが。
私たちが頑張るだけでは成功しない。お客様が楽しんで帰ってくれた時初めて成功なのだ。
「ゆっくり歩いてお進みくださーい」
私たちスタッフは走るお客様を防ぐようにゲート前の広場に点在して、お客様を迎え入れる。例えるならパチンコの釘のようなイメージだ。こうすることで人を通りづらくして、走るのを防止している。いるのだが…。
シュタタタ
——あっ、あいつやっぱり!!
そんな私たちをイナズマの如く避けて、先ほどの男が走り抜けて行った。私は急いで彼を追いかける。
「はぁはぁ。ひぃひぃ」
「お客様!走らないでください」
「走って、はぁ、ないですよ!はぁ、はぁ…こんなんで走ってると思われたら心外だなぁ…はぁはぁ」
「いや!走ってるでしょ!お客様!」
「ひっひっふっふっ」
「金栗四三の呼吸法をするなー!」
ガッ!バタン!
私がそう声をかけた瞬間、お客様がフッと視界の下に消えて行った。視線を下にやると、どうやら段差につまづいて転んだようだった。私は一気に青ざめる。お客様が怪我をされてないだろうか。心配で声をかけようと近寄ると、転けたお客様が大声を上げる。
「ぐぅう痛ぃぃいいい!」
「お客様!大丈夫ですか??」
私は近寄って、お客様の肩に手を置く。完全に怪我している。下手したら骨折してそうだ。とても1人では立ち上がれなさそうに見えたので、肩を貸そうとするとサッと腕を振り払われる。何だ?と思うと、お客様はゆらゆらと1人で立ちあがろうとしていた。
「あはは!大丈夫大丈夫!1人で立てますから。あはは」
そう言って立ち上がったお客様。しかし、顔面蒼白で足を引きずっているその様子はとても大丈夫そうには見えなかった。私は思わず質問する。
「本当に大丈夫ですか?」
「うん。大丈…うっぐぅぁぁぁぁあ!」
再び絶叫してその場にしゃがみ込むお客様。
——やっぱりダメそうだ
「医務室に運びます」
私はケータイを取り出して、手の空いているスタッフに担架を持ってきてもらうように連絡する。その間もお客様は何やら呻いていた。
「うぅ…行かせて下さい…。最速で…最前に…」
「怪我しちゃってるんだから、最前とか言ってる場合じゃないですよ。今は手当しに行きましょう」
「うぅ…ぐぅ…ひっぐ」
「今度からは走らないようにしてくださいね。危ないですから」
「ぐぅ…ひっぐ…はぁい…」
少し待つと担架を持ってやってきたスタッフ達と担架で泣きじゃくるお客様を担架で医務室へと運んだ。私はお客様に寄り添って、大丈夫ですよと声をかけながらふと考えていた。
——とんでもないオールナイトの幕開けね…
〜〜〜
「完全に骨折してますね。もう救急車を呼びましたから」
医務室に連れて行くと、先生は軽く触診をしてからそう言い放った。やっぱり骨折しているのか。
「そんなぁ!オールナイトなのにぃ!せめてショーだけは…!」
「バカ言わないで下さい。大人しく病院で手当を受けてください。あれ?もしかして冗談でしたか?足の骨折を押してショーを見るなんてあり得ない事をするって言う冗談でしたか?すいません、ジョークに疎くて」
「先生…!お客様も反省してるのでその辺に…」
「いいえ、ビッグボス。反省してたら『オールナイトなのにぃ』なんて言いません。この痛みを糧に2度とパークで走らないように教えないと」
そういうと先生はSっ気たっぷりの笑みで、お客様の足を優しく撫でる。
「痛い痛い!すいません!もう走りません!」
正確に言うとパークのスタッフではないため、お客様にも変わらず塩対応の先生。何故だか問題にならないのは、この威圧感によるものなのだろうか。しかし、私は知っている。先生は子どもの手当てをする時には優しくにっこり笑う事を。あの一面を見ていると本当は優しい人なのだとわかる。
ガチャ!
「せ、先生!」
そんな事を考えていると突然医務室のドアが開く。誰かと思ってそちらを見ると、オラフくんがココロくんを背負って立っていた。
「せ、先生!ココロくんが…!」




