第164話 (151)真夜中遊園地-2
カタカタカタカタ
ジェットコースターが頂上へ登っていく。決意を固めた僕はあかねちゃんの方へ顔を向ける。彼女はキラキラとした夜景の中でも、一際輝いていた。僕は素直にそれを言葉にしてみた。
「夜景すごく綺麗だね…」
「本当だ…すごく綺麗…」
「でも、一番綺麗なのは君だよ。あかねちゃん」
「え…タテノくん?それってどういう…?」
「好きだ。初めて会った時からずっと」
ジェットコースターがどの程度まで登っているのか、僕にはわからない。不思議と浮遊感や高所による恐怖は消え失せていた。僕の視界にあるのは、パークの夜景と僕の告白で目に涙を潤ませるあかねちゃんだけだった。
「好きです!付き合ってください!」
「もう…遅いよ…!」
「え?」
「ずっと、ずっと待ってたんだからっ。私もタテノくんのこと、だいだいだーい好きだよっ!」
「あかねちゃん!」
「タテノくん!」
「あかねちゃん!」
「タテノくん!」
僕たちはお互いの存在を確認するかのように名前を呼び合っていた。キラキラとした世界の中で…。
ぽわんぽわんぽわ〜ん
ーーよし、これで行くしかない
シミュレーションは完璧だ。この手順で行けば告白成功間違いなしだ。告白の成功により、ジェットコースターの恐怖も消え去るだろう。コースターの浮遊感を、愛の浮遊感が凌駕する時が来たのだ。
「安全バー確認!それでは出発しまーす!」
「わー!楽しみだぁ!やっとジェットコースターにのれる…!」
ニコニコと楽しそうなあかねちゃん。スタッフさんの方を見ると、グッと親指を立ててこちらを見ている。メッセージは伝わってますよ。僕、頑張ります。
ゴゴゴゴ
ジェットコースターが動き出す。昨日のコースターと違いこちらは乗り物に乗っている感じがあるので、少し怖さが軽減される。コースターが傾き、いよいよ頂上へと登り始めた。それと同時に意を決した僕はあかねちゃんに話しかける。
「あの…あかねちゃん話が…」
『ボリゴリにようこそウホ〜!曲を選ぶゴリ〜!』
ーーん?何だ?
あかねちゃんに話しかけようとしたその時、突如安全バーからゴリラの声がした。安全バーの方を見ると、ボタンが四つ付いており、それぞれに曲が割り当てられているようだった。
ーーなるほど、曲が流れるのか
四つの中から好きな曲を選んで流せるようだった。なるほど、音楽を聴きながら乗れるコースターなのか。そういえば、さっきあかねちゃんがそんなことをチラッと言っていたような…。しかし、曲を流すわけにはいかない。告白のためにコースターに乗っているのだ。曲など流れては告白の邪魔である。僕はボタンを押さずに放置していた。その間もゴリラは話し続ける。
『好きな番号を押すウホ〜。残り3秒だウホ〜。3、2、1、ゼロゴリ〜!何も押さなかった君は1番のナマステLOVERになるウホ〜』
「おっ!!タテノくん、ナマステLOVERにするとは通だね〜!!」
「え?何だって??」
あかねちゃんがなにやら大きな声でこちらに叫んでくる。しかし、ゴリラの声は大きく、また後ろで流れているBGMの音量も大きいため、かなり声を張りあげないと声は届かない。あかねちゃんが何と言ったのか、全くわからなかった。
ーーてか何も押さなくても、曲が流れるなんて聞いてないぞ!!
『それではミュージックスタートゴリねぇ〜!』
ちゃんちゃらら〜♪
爆音で音楽が流れ出す。この曲ゴリカムの曲か。母親が車で聞いていたのを思い出す。その時と違うのは、ここまで爆音ではなかったと言うことだ。
「ボリゴリはこの爆音がいいよねー!!!!!」
「え??なんだって??」
あかねちゃんが再び何やら話したようだが、全く聞き取れない。何か言っていることはわかるのだが。というかまずい。あちらの声が聞こえないと言うことは、こちらの声も聞こえないと言うことだ。告白するにはかなり声を張り上げる必要がある。
「あの!!あかねちゃん!!」
ちゃんちゃらら〜♪
「え??何??タテノくん、なんか言った??」
『トランジットで大変〜 そっちに着くのは0時前〜♪』
ーーくそ!歌が始まってしまった!
前奏が終わり、Aメロへと突入した。ジェットコースターもどんどんと頂上へ登っていく。やばい、早く告白しないとジェットコースターが下り始めてしまう。下り始めると告白するのは困難だろう、多分。だって、怖いし。
「あの…あかねちゃん。俺、あかねちゃんの事が…」
「え??なに??」
『ニューデリーまで迎えに来た〜♪』
「夜景!!綺麗!!あかねちゃん!!」
「え?夜景?夜景が何??」
『いつも履いてるチュリダール〜♪』
「あかねちゃん!夜景より!綺麗!!好き!!」
「え?!なんて??」
「いや!だから…!」
『मैं सहमत हूंって何て言ってるの〜♪』
ーーいや、うるさいな!この音楽!
ガタン!
そう思った瞬間、ジェットコースターは角度を変え下降し始めた。
ーー遅かった…間に合わなかった…
絶望の中にいる僕に、ジェットコースターの浮遊感が襲う。思わず叫ぶ。あかねちゃんも叫んでいるようだった。バックで流れている音楽もサビに突入し、盛り上がりを見せていた。ただ1人僕だけが恐怖で盛り下がっていた。
「う、うわぁぁああ!!」
「きゃああああ!!」
『ナンをいくら食べたって〜♪』
ジェットコースターが上がる。下がる。ぐるっと回転する。かと思いきや、また上がる。下がる。繰り返す重力の乱高下を僕は口をグッと噛み締めて耐えていた。告白どころか何かを喋ることもできない。ただただこの恐怖に耐えるのみだ。
「…」
「きゃぁぁあ!!」
『言えそうで言えないナマステ〜♪』
僕は一体の何のためにジェットコースターに乗ったのかわからなくなっていた。告白のために乗ったのに、今はナンがどうとかナマステだとか訳のわからない曲を聴きながら浮遊感に恐怖するだけだった。何のためにだけに、ナンのためってか、やかましいわ!!
『楽しかったゴリ〜?魔法で写真を撮ってあげるウホ〜!ウホホッ!いい顔してるゴリね〜!』
ガタガタガタ、ガタン!
「おかえりなさい〜!」
「あーー!楽しかったぁ!やっぱりボリゴリに乗ったらナマステLOVERを聴かないとねー!」
気がつくとコースターは乗り場まで戻ってきていた。てか、あかねちゃんもナマステLOVERを聴いていたのか。
「安全バーが上がりますよー」
ジェットコースターから降りる際の事務的な作業をしながらも、スタッフさんはニヤニヤしながら僕たちを交互に見ていた。
「で、どうだったの?お二人さん!」
放心状態の僕とウキウキのあかねちゃんに、ニヤニヤしたスタッフさんが尋ねてくる。僕はあかねちゃんの前で、実は告白できなかったんですとは言えないため、その返答に困っていた。すると、事情を知らないあかねちゃんがあっけらかんと答えた。
「どうって?楽しかったですよ!」
「いや、じゃなくって!ね?結果は?ご両人!」
ピリリリリリリ
その瞬間着信音が鳴り響いた。音の出所はあかねちゃんのポケットのようだった。
「はい!もしもし。え?はい!すぐ行きます!」
あかねちゃんはポケットからケータイを取り出して応答していた。声の感じからしてビッグボスからだろうか。
「ごめん!ちょっとビッグボスに呼ばれちゃって!急いで行かなきゃ…!」
「あ…」
「ありがとう、タテノくん!本当に嬉しかった!これのお礼は今度させて欲しい!じゃあ!また明日!!」
そう言うとあかねちゃんは去っていった。事情のわかっていないスタッフさんが僕に肩を組んでニヤけながら話してくる。
「え?どゆこと?成功した?カップル成立?」
「してません…」
「え?もしかして、フラれたの?」
「フラれることもできなかった…告白できなかったんです!爆音の音楽のせいで!」
「え?音楽オフにしなかったの?」
「何も選ばなかったら、勝手に流れ始めて…。え?オフにできるんですか?」
「ボタンを順番に2、4、2、4、1、3、1、3って押した後に1を長押しでサイレントゴリラモードになって、静かなるボリゴリに出来るのは常識だろ〜」
そんなのも知らないのかよ〜と笑うスタッフさん。僕はその様子を見て、怒りに震えながらこう思った。
ーーそんなの知る訳ないだろ!




