第162話 (149)戦う男-2
「いやー、閉園後にコースターに乗りたいなんて君も通だねぇ」
「ははっ。最近忙しかったんで、こうストレス解消というか」
「いいねぇ。やっぱりストレスにはコースターだからねぇ。あっ!乗せてあげたのはあんまり言いふらさないでね!特別だからさ!」
「言いませんよ!ありがとうございます!」
僕とハッタリはコースターの前へとやって来ていた。コースターのスタッフには閉園後に乗せてもらえないかとお願いをしておいていた。無理かとも思っていたが、オールナイト営業に向けて試運転をしないといけないらしく、そのついでなのでオーケーとのことだった。全てうまくいっている。あとはハッタリ野郎との勝負に勝つだけだ。
「おい!話せ!オレは乗らへんぞ!」
「えっそうなの?タテノくん一人で乗る?」
「いや、こいつも乗ります!」
「乗らへんて!!」
「何だ?ハッタリ野郎、もしかして怖いのか?」
「あ?なんや?別に怖くなんてないわ。こぉんなジェットコースターなんて、三輪車乗ってるようなもんや」
単純なやつめ。ちょっと煽れば、ハッタリかまして虚勢を張ると思っていた。案の定、ハッタリ野郎のハッタリが始まった。
「なら、余裕だろ?この勝負に勝った方があかねちゃんの隣にいる権利がある。いいな?」
「オレは別にあんなネェちゃんどうでも…」
「おいおい!ぐだぐだ言って逃げる気か?エセチキン探偵」
「カッチーン。誰がエセチキン探偵や!!上等や!!勝負でも何でも受けて立とうやないか!」
「お?なんか知らないけど、盛り上がってるねぇ!早速乗ろうか!」
〜〜〜
「じゃあ、2人ともコースターの方に進んでね」
「あれ?このコースター椅子の下になんにもないですよ?」
ガチガチガチ
疑問を持った僕に容赦なく安全バーが降りてくる。横にいるハッタリ野郎は観念したのか目をグッと閉じてただ座っていた。スタッフさんが僕に説明を続ける。
「そりゃあそうだよ!なに?タテノくん、初めて乗るの?」
「えっ、はい。えっこれどうなって…」
「間抜け野郎が…知らずに来たんかいな。これはプテラノドンに背中を掴まれて飛ぶのをイメージしたコースターなんや…だから…」
ガタン!ガガガッ!
ハッタリ野郎の話の途中で椅子が90度回転した。僕たちはうつ伏せの向きになって、背中を空へと向けていた。え?この状態で走るの?下を向いたままで?それってすごく怖いんじゃ…。
「じゃあ!楽しんで!プテラノ…ドォオォオン!」
ごぉぉぉぉん
スタッフのドォンという声と共にコースターは発進した。視界には先ほどまで歩いていた地面が遠くに広がっていた。高い。高い。とんでもなく高い。今でさえとんでもなく高いのに、どんどんと高くなり、地面は遠くなっていく。このコースターやばい。普通のコースターでは下が完全に見えることはない。車のように乗り物に乗っている感覚だからだ。しかし、これは違う。下が丸見えだ。本当にプテラノドンに背中を掴まれて飛んでいる感覚だ。
カタカタカタ
ーーあ、やばい。これ無理だ。
カタカタカタ
先ほどまであかねちゃんを賭けることへの熱、馴れ馴れしいハッタリ野郎への怒りで震えていた僕だが、この高さで素面へと戻ってしまった。カタカタという音を立ててコースターはどんどんと頂上へ登っていく。まだ頂上まで半分程度しか登ってないようだった。長い。永遠みたいだ。下を見る。高い。怖い。横を見る。ハッタリ野郎がいる。なんでだ。僕はあかねちゃんとコースターに乗りたかったのに!何で横にいるのがこの探偵野郎なんだ!
「おい!ハッタリ野郎!」
カタカタカタ
「なんや…話しかけるな…オレは今別のこと考えとんねん」
カタカタカタ
「何だ…び、ビビってるのか?」
「うっさい。ビビってるのはお前やろ」
カタカタカタ
「俺はビビってない。あかねちゃんへの愛で震えているだけだ」
「お前のサブさに震えてまうわ」
「何だとお前!!」
ガタッ
ハッタリ野郎の言葉にイラついた瞬間、コースターの角度が変わった。あ、頂上だ。途端に景色がスローモーションになる、ゆっくりゆっくりと頭から下に落ちてゆく。死ぬ時ってこんな感じなのかな。視線の向こうにコースターの搭乗口から手を振るスタッフが見える。僕もそこの地面に足をつけたい。宙ぶらりんになった僕の足は普段と違う方向に重力を感じて、こわばっていた。
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「うぐぅぃぎゃぁぁぁあ!!!」」
落ちる。昇る。落ちる。昇る。ぐるりと回転する。落ちる。昇る。次は何だ。もうわからない。怖い。
ごぉぉぉお
風を切る音がする。初めて自転車に乗った時を思い出したが、すぐに恐怖で消えていった。てか、全然違うか。自転車とは。とにかく怖い。高い。速い。誰が作ったんだ。こんな悪魔的なコースター!
「「うわぁぁぁあ!!」」
〜〜〜
カタンカタン
「お疲れ様ぁ〜〜楽しめたかい?」
「…はい」
コースターは元の搭乗口へ到着し、僕たちは久しぶりの地面を踏みしめていた。足も地面との再会を喜んでいる気がした。
「よし!これで終いやな…!」
「…な、何を言ってるんだハッタリ野郎…」
僕はフラフラになりながら、ハッタリ野郎に返事をする。勝負はまだついていない。
「勝負だって言っただろう…」
「やから、ジェットコースター乗ったやないか…!これで終いやろ」
「それじゃ勝負じゃないだろ!どっちが多く乗れるかだ…」
「な、な、何を言うとんねん!もうええでしょう!!引き分けでええやないか!」
「いや、俺はもう一回乗る。」
「勝手にせぇ…オレは乗らんぞ…!」
「じゃあ、お前の負けだな」
「…」
〜〜〜
カタカタカタ
「ハッタリ!降参したらどうだ!!」
「こっちのセリフや!お前のがビビっとるやろ!無理したら死ぬで!」
「俺の死に場所はあかねちゃんの横だけだ…!」
「アホがぁ…」
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「うぐぅぃぎゃぁぁぁあ!!!」」
〜〜〜
「お?2人ともまた乗るの?好きだねぇ〜。何回でも乗っていきなよ〜。プテラノ、ドォオォオン!」
カタカタカタ
「…」
「…」
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「うぐぅぃぎゃぁぁぁあ!!!」」
〜〜〜
カタカタカタ
「…」
「…」
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「うぐぅぃぎゃぁぁぁあ!!!」」
〜〜〜
「ふ、2人とも流石にもう限界なんじゃ…!」
「いや!もう一回!」
カタカタカタ
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「うぐぅぃぎゃぁぁぁあ!!!」」
〜〜〜
「もう一回!!」
カタカタカタ
ガタッ、ごぉぉぉおん
「「…」」
〜〜〜
何回乗っただろうか。十回までは数えていたが、そこからはもう意地で乗っていた。何度も乗ってわかったが、何回乗っても恐怖に慣れはなく、毎回毎回同じ恐怖が襲う。フラフラとした足取りで搭乗口に向かおうとすると、ハッタリ野郎の足がぴたりと止まった。
「もうむりや」
「え?」
「オレは抜ける。お前の勝ちでええ…」
ハッタリ野郎はそう言うと出口の方の階段を力無くコツコツと降りていった。
「やった!!勝ったぞ!」
僕はガッツポーズをした。これであかねちゃんは僕のものだ!あのハッタリ野郎から奪い返してやったぞ!!僕が喜んで帰ろうとすると、スタッフに肩を掴まれた。
「いや、まだ勝ってないよ。もう一回乗らないと…ね?」
「え…?」
ガチガチガチ
ガタン、ガガガッ!
「じゃあ、最後の一回!行ってらっしゃい!プテラノ、ドォオォオン!」




