第154話 (141)BROTHER
「よいしょっと」
僕はナイトベアーのショーを終えて、バックヤードに座り込んでいた。リトルナイトベアーをやるようになって1ヶ月くらい経つだろうか。すっかりこの着ぐるみ姿にも慣れてきた。後数日でこの着ぐるみを着るのともお別れと思うと少し寂しい。
「おう、ブラザー。やっとサマになってきたじゃねぇか」
「ミッキーさん!ありがとうございます!」
ミッキーさんが労ってくれる。最初は何もわからないまま始めた着ぐるみだったけど、ミッキーさんから日々指導を受けて少しは上達できた気がする。ナイトベアーとリトルナイトベアーの可愛こぶりっこは結構な可愛さを出せていると思う、恐らく。
僕はずっとタイミングがなくてミッキーさんに伝えられなかったことがある。今言うべきな気がして、立ち上がってミッキーさんの前に立つ。
「あのお話が…。実は…」
「おう…辞めんだろ。聞いてるよ」
「え?!あっはい。すいません」
「謝ることじゃねぇよ」
ミッキーさんは椅子に座りつつ、そっぽを向いて吐き捨てるように言う。先ほどから目を合わせてくれない。報告が遅いことに怒っているのだろうか。ごめんなさい。最近色々と立て込んでいて…。弁解をしようとすると、ミッキーさんが話し始める。
「まぁでもお前はハダカのが似合ってっかもな」
「そ、そうですかね…」
ミッキーさんが着ぐるみじゃない状態をハダカと表現することに驚く。ゾンビ達はみんなハダカということなのだろうか。
「本当ならお前に『秘伝の可愛い子ぶり百奥義』を伝授して後継者にしたかったんだが」
「ひ、百もあるんですか?」
「おう、細かいのまで含めるともっとある」
「百は十分細かいですよ…」
「俺は何も強制はしねぇ。しねぇが…」
ミッキーさんはこちらに視線を向けることなく、ずっとバックヤードの端の方を見ながら話す。
「な、何ですか?」
「ちったぁ寂しいな。うん」
「え?」
「戻って来たくなったらよー。いつでも来いよ。お前はブラザーだからよー」
「…!」
目頭がブワァっと熱くなる。ミッキーさんの優しさを感じる。僕の勝手で辞めるのに、それを責めるでもなくただ寄り添ってくれる言葉に、ただただ温かさを感じていた。僕も寂しい。僕はこの仕事をして、沢山の人の優しさに触れて、居場所を作ってもらってしまった。簡単には離れられないのかもしれない。
「ま、戻るなら早く戻らないと、俺も引退してっかもしれねぇけどなぁ。いっひっひ!」
「す、すいません!戻るかわからないですけど、すいません!」
「まぁ、若ぇんだから色々やればいいさ」
そう言うとミッキーさんは立ち上がり、着ぐるみを脱いだ。バックヤードからの去り際、僕に一言だけこう言うのだった。
「オールナイトのショー。見させてもらうよ。楽しみにしてっから」
バタン
ミッキーさんが去った後、僕は一人バックヤードに残っていた。ミッキーさんもああ言ってるんだ。頑張らないと。まずは今日の通しリハーサルだ。
「ナイトベアー様!僕、頑張るのです!なんてね」
小さい声でリトルナイトベアーの真似をしてみた。前なら恥ずかしがってたかもしれないけど、もう今は違う。ナイトベアー様のためにもより一層気合を入れないと。




