第137話 (125)ジターバグ
ーーそっか、だから私負けたんだった。
踊るハナを横目で見ながら、そんな事を思ってしまった。あの日のオーディションとは違い、ハナの様子をちゃんと見ることができた。
私だってダンスは好きだったし、それで色んな人に認められたかった。でも、隣で自由に踊るハナを見て、そんなことじゃなかったんだと思った。
ーーそうだ。こんな小さな事だったんだ。
たった一つのことが私を鈍らせていた。それは、母を超えたいという思い。もっと言うと周りを見返したいと言う思い。いつしか生まれたその思いが私の本質をかき消してしまっていたのだ。私のものではない、外から生まれた思い。そんなものはどうでも良かったのだ。
本当は私も楽しみたかった。ダンスを楽しみたかったんだ。いつしかそれは私の中で楽しいものではなくなっていた。勝つか負けるか。勝負の手段に感じてしまい、本質を見失っていたのだ。
ーー私もハナみたいに踊れるかな
公園の暗闇の中、ダンスを踊る私たち。でも、私の隣で自由に踊るハナは光って見えた。
〜〜〜
音楽が止まり、2人のダンスも終わった。公園を沈黙が包む。その沈黙を破ったのは意外にもリュウだった。
「これは…。え?チョウチョさんの勝ちってことですか?」
ルールに則ればそうだろう。しかし、この場にいるリュウ以外の人はそうは思えなかった。それ程ハナさんのダンスに魅了されていたのだ。それはどうやらシャクレさんも同じようだった。
「よし…。リュウ、カメラ止めろ。帰るぞ」
「え?対決はどう…」
「もう対決とかじゃないよ。2人に水を差すな」
「ど、動画は…?」
「こんなのどこにも出せないだろ。お蔵入りにしろ」
「そ、そんなぁ…」
カメラを止めて帰る2人。シャクレさんもハナさんのダンスを見て思うところがあったようだ。この対決が動画サイトに上がることは無くなったのだろうか?
「チョウチョ、ダンス上手くなったね〜。完敗だよ」
「完敗…?ふざけるな!誰がどう見たってあんたの!!」
「…。悪かったよ。ありがとうね、チョウチョ」
「何よ!何よ何よ!1人ですっきりした顔しちゃって…それじゃ私が…」
チョウチョさんはそう言うと上を向いて夜空を仰いだ。その顔はハナさんにまだ何か言いたげなようだったが、同じくスッキリとした顔をしているように見えた。
「もういいや。私だけ拘っても馬鹿みたいだし。帰る!」
「えー帰っちゃうのー?折角の再会なんだし、朝までしっぽりしけこみましょうや」
「断る!」
チョウチョさんは、ハナさんにキッパリと手でノーを突きつける。しかし、続けてこう話すのだった。
「まぁでも、そのうちまた…ね?」
そう言うとチョウチョさんは公園を出てどこかへと歩いて行った。
ーー終わったのか?
何だかものすごい外野の僕が最後まで居座ってしまった。チョウチョさんの小さくなってゆく背中を見ていると、後ろからズシンとした衝撃が僕を襲った。
「いやぁ!カッピー!疲れたぜ!私は!」
「ちょ、ちょっとハナさん!重いですよ!」
ハナさんは僕の背中に飛び乗って来ていた、ここで咄嗟におんぶ出来れば格好がつくのだろうが、不意をつかれた僕は地面に倒れ込んでしまう。
「あ痛てて。重いとは失敬な。うら若き乙女に向かってそりゃないぜ!」
「うら若き乙女が背中に突然飛び乗って来ますか?」
「時にはそう言うこともあるさ!」
「あはは!なんですかそれ!」
僕たちは公園の地面に2人横たわっていた。こうしていると、いい年した大人とは思えないな。




