第133話 (121)((((未練))))-2
ーーあーあ。やっぱり負けじゃん。
踊るハナを久しぶりに見て、率直にそう思ってしまった。『アレ』で見るまでは、ハナがどこで何をしているのか全く知らなかった。いや、知ろうとしていなかった。避けていたのかもしれない。しかし、この目で見るまでは正直舐めてかかっていた。地方のテーマパークで踊っているハナと、Rainというグループでエンタメの最前線で踊っている私。客観的に経歴だけ見れば、私に軍配が上がるだろう。
しかし、それは間違いだった。『アレ』の動画で楽しそうに表現をするハナを見て、感じた得体の知れない感情。それはスキャンダルで半ば引きこもっていた私を外へと連れ出してくれた。『アレ』のダンスの一部に、かつてのオーディションのダンスが取り入れられていたのだ。あれは私へのメッセージ?そんなわけはない。そんなわけはないのだが、ハナの中でもあの日のオーディションが色濃く身体に刻まれているのだと確信した。
ーーもしかして、ハナも?
ハナは強い人だと思っていた。恐らくハナはオーディションで細工がされていたことに気付いたはずだ。私がハナの立場なら、SNSで不正を喚き散らすだろう。しかし、彼女はそれをしなかった。この時も負けたと思った。狡い私と強い彼女。Rainで活動してゆく中で、そんな彼女への負い目は重く私の背中にのしかかっていた。しかし、『アレ』を見ると彼女もあの日から私と同じく弱いままなのかもしれない、そう直感した。
ーー会って確かめたい。
ハナ。ハナハナハナハナ。いつまで経ってもハナが付き纏う。受かってたのがハナだったら。ハナの方が華があった。チョウチョは役不足。実力はハナの方が…。そんなことはずっとわかっている。でも、そう言うやつらを見返すためにずっと努力してきた。完璧に踊れば踊るほど、あの日のオーディションが呪いのようにじっとりと纏わりついてくる。ハナに勝った私。その結果を皆に納得させるため、世間に証明するため、その為の数年間だった。
でも、負けちゃった。あの日のように、2人で踊った。あの日とは違って、ハナのダンスをしっかりと見ることができた。あの日感じた“華”は“華”のまま、洗練されていた。そして、思ったんだ。もう負けるなら、思いっきり負けよう。もう一度ちゃんと勝負しよう。そしたら、私もあの日に決別して前に進めると。
そう思った私は、ダンスを終えたハナに思わず耳打ちをしていた。伝えた言葉はこうだ。
「今日この後外で待ってるわ」
ハナは黙ってこくりと頷いたように見えた。よし。これで終わり。未練を断ち切って、前に進むための敗北だ。お互いにまとわりついたあの日の幻影を殺しましょう。
〜〜〜
「わかった。適当なダンス動画作るよ。今日の閉園まで、まだ時間あるから大丈夫」
「悪いわね、シャクレ。難しくしてくれていいわよ」
「おうよ!俺のダンススキルを詰め込むよ!あと撮影は…?」
「勝手にしてくれていいわ。ハナにも許可とってね」
「おっけー!よし!リュウ!これはバズるぞー!」
私とハナの勝負の様子を撮影出来ることに喜ぶシャクレ。嬉しさのためか。リュウの背中をバンバンと叩いている。そんな動画が果たしてバズるのかは疑問だが、これでダンス動画の借りを返せるだろう。ハナとの勝負はこうだ。シャクレが作ったダンス動画を見て、すぐにそのまま踊る。より完璧に踊れた方の勝ち。単純なルール。あの日のオーディションと同じだ。あの日の再現で、負ける。狡い私におあつらえ向きな舞台だ。
「で、ハナとはどこで待ち合わせをしてるんだ?」
「外で待ってるって言ったから、エントランスの前かな?」
「外…?外なら従業員用の出入り口じゃないか?」
「え?いやいや、外といえばエントランス前の広場でしょう」
「いやぁ〜。ハナは外って言われたら、従業員用の出入り口に来ると思うけどな〜」
「え?!本当に??」
「ちゅ、駐車場側に来るって説もありますよ」
混乱する私を見かねて、沈黙していたリュウも口を挟んでくる。外といえば、エントランス前しかないと思っていた。そんなに候補があるのか。失敗した。このままでは、折角の勝負の舞台を用意してもハナに会えない可能性がある。困る私を見かねて、シャクレが提案する。
「じゃあ、エントランス前で待ってるってハナに一応メッセージ送っとこうか?」
「いやいや、それはちょっと、雰囲気ぶち壊しというか…」
「雰囲気を気にしてる場合じゃないだろ!」
「まぁそうだけど…。いや、じゃあ一か八か従業員用の出入り口で待ってみましょう」
「そうだな。まぁ、それが手堅いとは思うよ」
私が格好つけて多くを伝えなかったせいで、ハナと会うまでに要らぬ緊張をする羽目になってしまった。こんなことなら、外っていうのはエントランス前のことよ、と付け加えておくべきだった。




