第131話 (119)とめられない-2
『ウォオオーーーン、ウォオオーーーン』
ダンスタイムが始まり、ハナの周りに人が集まり始める。そして、手招きされたチョウチョは一歩前に出て、その様子を見守るのだった。
「なにこれ?」
「あっこれはですね。ゾンビナイトでは、ダンスタイムというのがあって、お客さんと一緒にダンスを踊る時間があるんですね。で、スペースが狭くて踊りづらそうなお客さんなんかを手招きして、近くで踊りやすいように誘導することがあるんですよー。つまりチョウチョさんは、一緒に踊るように誘われたというわけですね。」
「お前、そんな早口で流暢に喋れたんだな…。」
突然オタク特有の早口で話し始めたリュウに若干引いているチョウチョ。2人の会話が聞こえるほどの近さで、私も警戒して見張っていた。私はハナをちゃんと見守る。変なことがあればすぐに止めに入るからね。
「あの黒いローブのゾンビに手招きされた人、スタイル良くてめっちゃ綺麗じゃない?」
「え?待って。あれ、Rainのチョウチョなんじゃ…。」
「え!本当だ!本当だ!だから綺麗なんだー!」
まずいわね。何人かのお客様はチョウチョに気付いて、ザワザワし始めている。混乱にならなきゃ良いけど。
私の心配を上塗りするように、ダンスタイムの音楽が流れ始める。ハナはいつものように踊り、客にクラップを煽り、盛り上げていく。そして、サビ前の曲が盛り上がっていくゾーンに入る。
「踊れ!踊れ!踊れーー!」
ハナが叫ぶ。それはお客様に向かってなのか、それともチョウチョに向けてなのか。いやその両方なのだろう。そして、音楽は皆で踊るサビへと突入してゆく。
『ゾンビ ゾンビ 踊らにゃゾンビ〜』
ハナとチョウチョが向き合って同じダンスを踊っている。それはまるで、あの時のオーディションのようだった。ぴたりと同じ動き、同じステップ。2人ともダンスのレベルが段違いであることは、周りの人も気付いているようだった。もうこの2人のダンスは誰も止めることができない。そう感じる他なかった。
「ダンス上手〜!流石Rainだね〜。」
「この仮面のゾンビも負けてないくらい上手!かっこいいー!」
周りのお客様は2人のダンスに魅入っていた。いや、それは私もだった。仕事だと言うことを忘れてしまうほどに。ハナのダンスもいつもより熱がこもっているように見える。2人がくるりと回転する度、腕を上下に振り抜く度に空間を切り裂くような迫力を感じた。
シン…
音楽が終わり、周囲を一瞬静寂が包んだ。そしてすぐに拍手の音が鳴り響いた。
パチパチパチパチ
「きゃーーー!」
「かっこいいー!」
熱狂と呼ぶに相応しい盛り上がりだ。周りで見ていたお客様は2人のダンサーに惜しみない拍手を送っていた。そしてーー。
ごにょごにょ
ダンスを終えたハナにチョウチョが耳打ちする。その言葉を聞いたハナの表情は鉄仮面に隠れて見えないが、静かに頷いたように見えた。
ーー何を言ったんだ?
そう思って2人に近づこうとすると、お客様達がチョウチョに押し寄せてきた。
「ファンです!写真撮ってくださいー!」
「Rainのオーディションの時から応援してましたー!」
「ありがとう。嬉しいわ。」
「お客様!押さないでください!危険ですので…。」
ビッグボスは押し寄せる人を制するのに必死だった。気づくとハナはその場から去ってしまっていた。そして、沢山の人に囲まれることとなったチョウチョ達も急いでその場を退散しようとしていた。
「はい!と言うわけで、チョウチョ!ハナとの再会はどうだったー?」
「…。その撮影今じゃないといけない?とりあえず、ここを離れましょう。」
「た、たしかに。皆さん!今撮った動画は愛の爆弾チャンネルであげますよ!愛の爆弾、愛の爆弾をよろしくお願いしまーす!」
シャクレがやいやいと騒ぎながら、退散してゆく。それにしても、思ったより大きな騒ぎを起こさずに去ってくれて助かったわ。チョウチョは最後に何を言ったのだろう。後でハナに確認しなくては。




