第13話 触れたい、
「はぁ〜。今年どうしよ」
私は今起こっていることを受け入れられずにそう呟いた。現実なのだろうか、これは。
「これ、公式がしていいことじゃないだろ。知らんけど」
親友の文子が私の背中をさすりながら、いつものように話す。相変わらずのスラング喋り。ネットの言葉をそのまま読んだような話し方だ。
「本当だよ〜。文子〜。去年あんなに人気だったのにさ〜。居なくなってるなんて酷すぎるよ〜」
「もじゃちゃん、可哀想すぎて泣けてくる。誰だよ、もじゃちゃん泣かしたやつ」
「文子〜」
私は泣きながら文子に抱きついた。もじゃと言うのは私のことである。天然パーマの髪の毛がもじゃもじゃとした様子からつけられたあだ名だ。
そんな私の髪が文子のセーターに絡みつく。文子の方が私より一回りも二回りも小さいけれど、客観的に今の様子を見ると私の方が幼く見えるんだろうな。文子が私に向かって言う。
「もじゃもじゃゾンビが今年もいると思ってた人、正直に手を挙げなさい」
「は〜い」
「こんなに跡形もなく居なくなってると正直笑うしかない」
私がこんなにも泣いている理由。それは去年から推していたゾンビが今年は居なくなっていた為である。しかも、そのゾンビがいたエリアごと消え失せていたのである。そんなのありなのだろうか。確かに今年のポスターに姿がないなとは思っていた。思っていたけど……。
ゾンビ入場ゲートが開いた後、ちっとも推しのゾンビが出てこず、全員出てしまった後も私はゲートの前に留まっていた。まだ出てくるんじゃないか。ちょっとトラブルで遅れてるだけなんじゃないか。そんなことを思って、じーっとゲートの方を睨んでいた。それくらい信じられない出来事だった。
驚きすぎると人間、何のリアクションも取れないんだなぁ。その後、パーク中を推しゾンビを探して歩き回ったが、遂に見つけることはできなかった。ゾンビナイト終了のサイレンが鳴る中、私は泣き崩れてしまったのだった。
「私もうゾンビナイトに来る理由がないよ。もじゃもじゃゾンビがいなかったら私は何を見ればいいの?」
私は天然パーマが自慢でもあるが、コンプレックスでもある。このくるくるでもじゃもじゃな髪も自分では気に入っている。いるんだけど、「やーい、もじゃもじゃ!」などとからかわれることもあるのだ。特に男子とかに。
それからと言うもの、少しだけ自分の髪型への自信が薄れてしまっていた。私の髪って変なのかな? 自信をなくした私は髪を切るか、縮毛矯正をしてしまうか、悩んでいるところだった。
そんな中、ゾンビナイトで自分とほぼ同じ髪型のもじゃもじゃゾンビを見た。私の同じ髪型で堂々と踊り、堂々と歩く姿に惹かれたのだった。それから私の目はそのゾンビに釘付けだった。だったんだけど……。
——まさかいなくなっちゃうなんて……
「……」
「ちょっと、文子! 私を慰めるフリしながら、昨日撮った写真の整理してない?」
私が落ち込んでいる横に、沢山のゾンビの写真をフォルダ分けしている文子の姿があった。その手際はまるでプロのようであった。いや、手際に見惚れている場合じゃない。さっきまで私を慰めてくれてたのに。
「もじゃが悲しんでる一方で、私はゾンビの写真撮りまくってた話する?」
「そんな話はしなくていいです!」
写真を整理する文子の目はキラキラと輝いている。夜の街灯の光よりも輝いて見える。ゾンビナイトを楽しんでいるキラキラと多幸感に溢れた目だ。羨ましい。私も去年はあんな風にキラキラとした目だったんだろうな。
「ゾンビナイト初日最高すぎた。今年のゾンビのビジュ良すぎる。あまりにもオタク心をわかっている。まさかの殺人鬼ゾンビ復活しててアツい」
私を無視してペラペラと喋る文子。私は文子を軽く流しつつ、トボトボと帰路に着いたのだった。
◆◆◆
翌日、癖で何となくパークへと足を運んでしまった私。あー今日どうしようかな。6時からゾンビナイト始まるけど、どこのエリアに行こうかな。今年はもじゃもじゃゾンビに代わるような推しのゾンビを見つけられるんだろうか。柔らかな日差しに目を細めながら、ぼーっと考えていた。すると、少し離れたところからノシノシと足音がしてきていた。
「あ、も、もじゃちゃんにTK〜! き、今日も来てたんだね〜」
「あ、Sポテトさん! お久しぶりです!」
「Sポテトさん、もう今年のゾンビの推しグッズ作ってるの死ぬwww」
「さ、流石TKちゃん。き、昨日徹夜して作ったんだ。まじ寝てないから、ねみー。エナドリ全く効かんわ〜。ふ、ふふ」
ゾンビオタク仲間のSポテトさんがやってきた。Sポテトさんは今年から登場したゾンビをイメージした簡単なコスプレをしてきていた。Sポテトさんにカーキのオーバーオールがよく似合っている。
ちなみにTKとは文子のことである。Sポテトさんや一部のオタク仲間は文子のことをTKと呼ぶ。由来は話すの長いので割愛する。
「き、昨日もじゃちゃんSNSで荒れてたから心配してたんだよ。まさかもじゃもじゃゾンビが居なくなってるなんてね」
「そうなんですよ〜。今、文子に慰めてもらってたところです」
「いや、慰めてねーし」
「相変わらず仲良いね〜。でも思ったより元気そうです良かった〜。ち、ちなみに昨日もじゃもじゃゾンビの中の人は別のゾンビしてたみたいだよ」
「そうらしいですね〜。でも、私中の人には興味ないからあんまり惹かれないんです〜」
そう、私は中身のダンサーさんのオタクではないのだ。もじゃもじゃゾンビという概念が好きで推していた。ゾンビオタクは中身のダンサーさんを推していることが多い。なので、去年もじゃもじゃゾンビを追っている際、中身が人気のダンサーさんの日はすごい人混みになっていた。
そんな話をしながら、汗だくになっているSポテトさん。肩にかけたタオルで顔を拭いながら、もう秋なのに暑いよね〜と呟いていた。確かにこの暑さで何がハロウィンイベントなんだろう。まだまだ夏の暑さである。
「Sポテトさん、今日はどうされるんですか?」
「ぼ、僕はね。今からあっちのゲートで出待ちするところ。推しのユミちゃんが土日シフトみたいだからね。ふふふ」
「Sポテトさんの推しゾンビは今年もいていいなー」
私が羨んでいると、文子がスマホの画面をぐいっと私たちの方へ見せてくる。そこにはSポテトさんの推しこと、ユミちゃんというダンサー扮するゾンビが写っていた。
「ユミちゃんの包帯ゾンビ、今見ても結構良い。推せる」
「だ、だよね〜。今年もあのエリア、終盤は混みそうだから今のうちに写真撮らないと。日没の時間もどんどん早くなるし。じ、じゃあまたね!」
そう言いながら小走りで去っていくSポテトさん。Sと言いつつ、その体はLサイズである。それでも巨大ゾンビの横に並ぶとSポテトさんが小さく見えるから不思議である。あの巨大ゾンビはどれだけ大きいんだ。
走らないでください、とスタッフさんに注意されるSポテトさんの後ろ姿を見ながら、私は今後について思案するのであった。




