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シーラカンスは夜明けを謡う

作者: 洞貝渉

 はじめは誰もまともに取り合わなかった。

 意図的に発信された信号なのか、ただのノイズなのか判然としなかったからだ。

 それがSOS信号なのだとわかった後も、真剣に対応しているものはなかった。

 それはあまりにも弱々しく、稚拙で、必死さの欠片もなく、そのくせ変に規則的だったから。

 だが、無視できるほどに悪意的でもなければ存在感がなかったわけでもなく、私たちは結局そのSOS信号に応じることにした。


 青く、うつくしい惑星だった。

 それは知っていたが、本当にかつては青かったのかと疑うくらいにその星はくすんでいて醜悪だった。

 仲間たちは嫌悪を隠さなかったし、私も隠さなかった。信号を拾ってしまったことを軽く後悔もしたが、悔やんでいても仕方がない。

 発信源を辿ると荒廃しきった地上の、ある地点にたどり着いた。

 原型をとどめない廃屋だらけの地上で、それは異質だった。異様なまでに整えられたドーム状の大きな建物、それがSOS信号の発信源だ。


 私たちは不信感と好奇心と不気味さを抱えて建物に侵入した。

 建物は保存施設のようだった。

 かつてこの星で栄えていたものが丁寧に保存されていて、環境さえ整えてやればいつでも復活させてやることが可能だろうとわかる。

 SOS信号を発信していたのはこの施設を管理するシステムの一つで、救助に来た私たちを無機質に歓迎した。

 システムは私たちに施設の破壊を望んだ。そうプログラムされたのだと。

 意味が分からず問いかけると、システムは淡々と返答する。

 一定期間が過ぎたら施設を破棄するようプログラムされたが、同時に施設の保管を徹底するようにもプログラムされていると。さらに人間に危害を加えることは禁止するようにも設定されているため、矛盾した命令を自力では完遂することができないのだと言う。


 星が滅びた理由の一端を垣間見た気がしたが、私たちはあくまでも救助に来たのであって破壊をしに来たわけではない。

 どうしたものかと話し合っていると、仲間の一人が反応をうかがうように提案をした。

 ここを我々の拠点にしてみてはどうか、と。

 私たちは旅人集団だった。

 あちこちを気の向くまま放浪し、好奇心のまま行く先々のものと触れあい、強奪し、助け、学び、働き、遊ぶ。船がホームではあるものの、そろそろ拠点となる場所が欲しくなってきてもいた。

 滅びた醜い星になど理由があったって近づきたくはないものだ。ここなら、他のものは近寄らないから安全だし好き放題できる。

 さらにこの施設なら、放っておいても常にシステムが清潔に保っていてくれるし、持ち込んだものの管理も任せられそうだし、最低限欲しい設備も整っている。

 私たちは一も二もなく賛成した。


 人間の施設を頂戴することに決めてから最初にしたのは、SOS信号を止めさせること。

 これは簡単だった。施設の破壊は了承したから、もう信号を発する必要はないと説明するだけでよかった。

 次は少々厄介だった。施設を破壊したようにシステムを誤認させ、さらに別途にある『施設の保管を徹底するプログラム』はそのまま残し、人間にあった施設の全権限を私たちに移行する。やりたいことはたったこの三つだけなのに、プログラムが変に稚拙で、無駄に入り組んで複雑化されており、達成するのにはかなりの手間と時間を使ってしまった。

 私たちは新たに手に入れた拠点に満足したが、再び旅に出ることはせず、しばらく施設に留まることにした。

 施設に保管されていたものに各々が興味を持ったからだ。



 私たちのボスは腕っぷしが強く、少々けんかっ早いところはあるが仲間想いのいいリーダーだと思う。

 旅をしたいと仲間を募ったのもボスで、船の操舵者とメンテナンスなどの技術者はその時集まったメンバー。

 多数の言語を瞬時に理解することのできる話術者はいつのまにか船に居着いていたらしく、料理人はその話術者が是非にと言って引っ張り込んで乗船させたんだとか。

 最後にメンバーに加わったのが民俗学者である私だ。

 かなり癖のある仲間たちだけど、それがかえって良かったのか私たちはそこそこにうまくやっていた。

 特にこれといったルールは無かったけれど、暗黙のうちに守っていることがある。

 互いに干渉し過ぎないこと、どんなことでも仲間がやりたいことを邪魔しないこと、その結果何が起きようとも全ては自己責任だということ。

 他の誰かにとってはどうかわからないが、私にとって心地よい関係性だったし都合もよかった。

 道徳や倫理をどれだけ無視しても責められず、好奇心の赴くままに好きな民俗学を探求できるのだから。


 保管施設でも私たちは互いに干渉せず、やりたいようにやった。


 ボスはこの星に生息していた猛獣に興味を持ったようだ。

 いくつかの猛獣をピックアップして、施設内にある復元装置を使い復活させていく。さすがに手なずけるのは難しかったらしく、復元させた最初の数匹は殺してしまい、その後は観賞用として檻に入れるか鎖でつなぐかして対応していた。

 船の操舵者はシンプルな形の建物に惹かれたようだ。

 重力に従順で、上下がはっきりと分かれている構造が特に不思議だったようで、この星は専門ではないものの多少は知識があったため『上が天井、下が床』と呼び分けているのだと教えるとますます不思議がっていた。

 技術者は稚拙なのになぜか機能するシステムにぞっこんになった。

 日がな一日システムたちと会話を繰り広げ、その度に脆弱性を見つけては調べ、どのようにそれをカバーしているのか知り、「こんなバカげた方法を取るなんて、とんと狂ってやがる!」と楽しそうに驚愕している。

 料理人はこの星ならではの食材にハマったようだった。

 復元装置を使い復活させた液体やら枯れた草やら粉末やらを大量に摂取し、未だかつて見たことのないほどご機嫌になっている。

 

 話術者はこの星の言語に、民俗学者の私は文化に魅了され、たくさん保存されている人間をそれぞれに復活させることにした。

 復活を行うことで、私たちはなぜ人間が施設の破壊を望んだのか知った。長期間保存されていたせいで、極端に劣化しているのだ。

 手始めに復活させた人間は意識を回復すると同時に泣き叫び、私たちを恐れ、服とやらを要求し、半刻も保たずして崩れた。

 二匹目も同様で、三匹目の時は今までの失敗を振り返り、なるべくストレスを与えないように気を遣って優しく接してみたが一日も形を保たなかった。

 この時点で、私はかなり興奮し満足もしていた。人間が目覚めてから最初に求めるものが身の安全でも食事でもなく、『服』だということがわかったから。対して話術者は不満そうだった。会話するだけの十分な時間はあるのに、人間は軒並み半狂乱で意思疎通ができないから。

 私と話術者は互いの知識を出し合い、協力して人間を復活させ飼うことにした。


 たくさんある中でもとりわけ健康そうで柔軟そうな一匹を二人で選び、復活させる前に『服』を着せ、こちらからは見えるが私たちの姿は見せずに音のやり取りだけができる部屋に閉じ込め、温度や湿度などをこの星仕様に設定して、人間の生命維持に必要なものを部屋に入れておく。人間は繊細な生物らしいので、できるだけストレスを与えないようにするためにはどこまでの情報が必要でどんな情報が不要なのか話し合い、ようやく復活させる段取りに入る。


 崩れるなよと祈る気持ちで復活させた人間は私たちの計画通り他の三匹よりは随分とマシな状態だった。

 マシ、というのはつまり、形を維持しているし半狂乱にもなっていない、ということだ。でも、ただそれだけだった。

 期待外れ、と話術者は言う。私もそう思う。

 人間の言葉は大雑把で良く言えば独特な味がある、はっきり言って幼稚だった。文化に至ってもそれは同じ。というか、どうやら人間の大半はあまり知識がなく、『スマホ』や『PC』とやらに頼り切りだったらしい。何を聞いても『検索すればわかる』ばかりでうんざりだ。

 話術者は早々に会話を打ち切った。私は惰性で人間との会話を継続することにした。他にすることも無いし、この人間が崩れるまでのあと数日間くらい観察を続けてみるか、と。


 話術者のように完璧とはいかなかったけれど、大雑把になら何を言っているのかわかったしこちらの言いたいことを伝えることもできた。

 人間は私たちの「あなたは長期間眠っていたので、慣らし期間としてしばらくその部屋で過ごしてもらうことになった。他の人間もそれぞれ別室にいるため、この期間あなたは一人で過ごすこととなる。こちらからの質問には正直に答えてほしいが、そちらからも要望などがあれば教えてほしい」という説明に納得した様子だ。

 今がいつなのかと人間に問われ、私はシステムに確認してその通りに答えた。人間は小さく息をのむと「これじゃ自分の方がシーラカンスだな」と力なく言う。単語は拾えたが意味が分からなかった。それを素直に伝えると「生きた化石ってくらい時間が経ってるってこと。自分が生まれたのは××××年だから」と返答があった。

 なるほど、よくわからないが人間の考え方は面白い。私はその人間にシーラカンスと名前を付けることにした。


 シーラカンスによれば、今は『梅雨』と呼ばれる『季節』らしい。『気候』が不安定で『雨』が降りやすくなり、『気圧』の関係で『台風』が起こることもあるそうだ。

 知らない単語が羅列される。あまり興味のある分野の話ではないけれど、持てる知識を総動員してなんとなく意味を把握した。

 どうやら今の期間は人間にとって特別な時期らしい。

 そういえば昔読んだこの星に関する文献に、特別な時期特有の植物があると書いてあったような気がする。探せばこの保管施設のどこかにもその植物があるだろう。

 料理人が植物をいくつか復活させていたので、一人で探すよりも料理人にも手伝ってもらった方が確実かもしれない。

 料理人がよくいる部屋に赴くと、料理人は泡を吹き青紫色になって死んでいた。料理人の周囲には液体と白い粉が散らばっている。毒だったのだろうか。かわいそうに、でも仕方ない。毒だと気づかなかった料理人が愚かだったのだ。


 私は苦労して保管庫から『紫陽花』という名の植物を見つけ出し復元する。

 美しいエメラルド色の植物で、存外気に入ってしまった。こんもりと色づく余分な部分は切り取ってシーラカンスに与えてみた。

 ゴミを与えられたにも関わらず、シーラカンスは顔をほころばせ、「紫陽花の花、こうして見ると綺麗だったんだな」と言う。

 やっぱり人間は面白いと思ったし、シーラカンスがちょっと可愛らしく見えてきた。

 私がぼんやりと人間観察を続けていると、手持ち無沙汰の様子で話術者がやって来る。

 まだ飼ってるの? と問われて、あと少しだから最後まで飼うつもりだよと答えるが、話術者は呆れ半分感心半分といった面持ちだ。

 私はつらつらと人間が紫陽花の不要部分で喜びをみせたことや、植物繋がりで幼年に『猫じゃらし』という植物で猛獣を手なずけた話をしてもらったことを話術者に教える。すると話術者の目の色が変わった。

「猛獣を手なずけたのか、この人間が?」

「らしいよ。『猫』とかいう猛獣を手なずけたって、少なくとも私はそう聞いた」

 そうか、猛獣を、へえ、人間がねえ。口元を緩ませ、話術者はぶつぶつと言いながら私に背を向ける。なにかするつもりなのだろう。やりたいことが見つかったようでなによりだ。

 私はふと思い出し、話術者の背に声を投げる。

「ところで、料理人が死んでいたよ」

「ああ、あいつ死んだのか」

 話術者は気のない返事をし、行ってしまった。

 これが話術者との最後の会話になった。


 ボスが顔を真っ赤にして怒っている。

 檻に話術者が入り込み、猛獣に食い殺されていた。そこまでは別によかったのだが、話術者を食べた猛獣が苦しみだして死んでしまったのだ。ボスのお気に入りを死なせた上、死なせた本人まで死んでしまったことで、ボスは怒りのやり場に困っている様子だった。

 おそらく、この拠点は近いうちに放棄されるだろう。

 ボスが怒ったからというのもそうだが、他の星に比べれば危険なんて皆無に近いのに、すでに二人も死んでいる。

 やはり滅んだ星になど近づかないのがいいのだろう。


 私は時間を気にしながらシーラカンスに会いに行く。

 見られていることも知らず、シーラカンスはゆったりと幼稚な歌を口ずさんでいた。尋ねると、照れたように『かえるのうた』という名の歌なんだと教えてくれる。

 『蛙』は『梅雨』によく鳴く生き物らしい。

「梅雨が明けたら、夏が来るよ」

 嬉しそうに言うシーラカンスに、私は「あと五分」と教えてあげた。

 シーラカンスは不思議そうな顔をして首を傾げ、すぐ思い直したように先ほどの歌を繰り返す。

 『梅雨』は明け『雨』はもうすぐ止むだろう。

 『紫陽花』のエメラルドはとうに色褪せ枯れた。

 そして、あと5分でシーラカンスも崩れる。


 よく保った方だと思う。

 飽きっぽい私たちがひとところにこんなに長く滞在したことも、今まで形を維持し続けたシーラカンスも。

 それでも、あっという間だった。

 まるでたった5分間の出来事のように、あっという間の時間だった。


 

 もうすぐこの星の言うところの『朝』が来る。

 あと5分。

 その5分間、何も知らないシーラカンスは来たる夜明けを謡う。

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