096 - 佐藤の気持ち(6)
◇◇
リビングで適当に朝食を取った佐藤は、重い腰をあげてぐちゃぐちゃになったあの部屋に行った。
「あ~……こりゃまた派手にやったな……」
【あの時】も片付けるのに骨が折れたが、今回もかなり酷い。
「とりあえず、鏡の破片から先だな……」
寝入る直前に、姿見にスマホを投げつけたのはぼんやりと覚えている。
美形だイケメンだと見た目だけ他の人間に持て囃されたとて、汐見が自分のことを恋愛対象に見てくれないならこんな姿など意味がない。
(逆に俺が美形でもなんでもなく、普通のそこら辺にいるような男なら汐見は恋愛相手として見てくれただろうか…………いや、男って時点でダメなんだもんな。無理だよな……)
色々考えたところで汐見が佐藤をそういう目で見る可能性はゼロだった。
(どう足掻いたって、俺が汐見と恋人同士になる可能性は……)
「あ~あ……〈春風〉、俺と入れ替わってくんないかなぁ……」
そうなったら、世界一幸せな嫁になれる自信がある。
(一生汐見潮の隣にいて、病める時も健やかなる時もずっとそばにいて、お前の最期を看取るか看取られて、同じ墓に入るんだ。そんな幸せな人生を送りたい、ただそれだけなのに……)
「っあー、やめやめ! とりあえず片付けだ!」
佐藤は気を取り直し、趣味の部屋を出て、向かいの部屋のクローゼットに向かう。
汐見に貸し出す予定のあの部屋のクローゼットには掃除機だのそういう電化製品一式を置いてあるからだ。部屋に行って、改めて見る。
「まぁ、確かにこの部屋の方がデカイはデカイんだよな……」
趣味の部屋は5畳しかないが、この部屋は6畳以上ある。最初はここを趣味の部屋として使っていたのだが、如何せん、壁面が少なかった。だから今の部屋に移動したのだ。
「ん?」
趣味の部屋に戻ろうとした佐藤は、その6畳の部屋のドアに挟まってる紙切れを見つけた。屈んでそれを取ると
「あぁ……」
いつぞやに──3人で鎌倉に行った時の【汐見だけ写っている】写真だ。ギリギリで〈春風〉を切り取ったせいで正方形に近い形になっている。昨夜、写真箱をひっくり返した時に飛んでいったのだろう。
「……」
佐藤は、この時のことを少し思い出した。
(あの時……)
〈春風〉と付き合えることになった汐見が『社会人になって付き合うって、何するんだ?』とか焦った口調で言い出して。鎌倉あたりならデートスポットとしても有名だったため、佐藤の車を出して3人でドライブに行くことになった。
汐見と付き合ってるはずの〈春風〉が、それでも佐藤にモーションをかけて来てムカついていたため、問い詰めようと思ったのだ。
その前に、波打ち際で遊んでた2人の姿をこっそりと写真に撮った。
(……どうせ別れる、と思ってたんだよな、この時まで……)
〈春風〉の態度を見ていたら佐藤にはわかってしまった。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、という作戦だと。汐見と付き合うことで自分の特別感を演出し、振り向きもしない佐藤の気を引こうとしていると。
(そういう作戦思いつくような女なのか、こいつ)と佐藤は思った。それはまったくもって逆効果だった。大学でも一度そういう企みを抱えた女性が近づいてきて、数少ない男友達を失ったのだ。
(まぁ、あの頃のはクズだったから、友達無くしても仕方なかったんだけどな)
そこまで考えた佐藤は、そういえば、と思い出した。
(あの時、あの構図の写真を……)
独占欲丸出しで、写真だけでも汐見を独り占めしてる気分を味わいたかった佐藤は、よく小人みたいな汐見にキスしてる写真を撮っていた。
その時も、戯れてる2人は気付いていないだろうと思って2人を背景にそういう写真を撮った。
趣味部屋に戻り、大量に散乱した写真をざっと見回す。
「……ない……」
写真は基本的にデータで残すようにしてるが、気に入った写真は印刷して貼り出すようにしてた。だから、この部屋は現在この状態になっている。
「……おかしいな……」
あの写真は苦心して撮ったこともあって結構お気に入りだった。
〈春風〉だけ画角内に映り込まないように自分の横顔で隠しつつ、だが背景の海と一緒に汐見が映るように、と細心の注意を払ってシャッターチャンスのタイミングを図り、スマホ越しに確認しながら連写した。
帰ってきてデータを確認した時、運よくブレていなかったのが一枚だけあるのを確認した佐藤は、背徳感を感じながら興奮した。
『波打ち際を戯れる小さな恋人と俺』ってタイトルを付けたいくらいには。
「……全部片付けたら出てくるよな……」
そう考え、とりあえず部屋の大掃除にかかることにした。
(さっき、汐見から11時くらいに行く、ってLIMEで返信来てたから、十分間に合うだろ)




