093 - 佐藤の気持ち(3)
(な、なんだ?! どういうことだ?!)
汐見はスマホのライトに照らし出されたその異様な光景に絶句していた。
床に転がっている大量の写真。
それに写っているのは、全て【汐見潮】
机に突っ伏した佐藤は、片頬を大きな写真……の【汐見の顔】につけたまま寝入っている。
おそるおそる佐藤の顔をずらして、そのでかいサイズの写真をゆっくりと引き抜くと。
それは──風呂上がりでパンイチになってベランダに出ている──汐見の全身半裸写真、だった。
(な! なんでこんな写真!! 一体、どこで……!)
そこまで考えて、以前、このマンションのベランダから汐見が住んでいたアパートはあの辺だと言っていたこと、佐藤が超望遠のカメラを買ったことを思い出した。
(だが、あれは、相当前……たしか、佐藤がこのマンションに……オレと出会って1年後くらいに引っ越してきた直後だったはずだ……)
汐見は記憶を蘇らせた。おそらく、6年以上前だ。
『バードウォッチングに凝ってるから』と言っていた佐藤が家電量販店で買っていたカメラのことを。
汐見もその買い物に一緒に付き合い、このマンションの引っ越し祝いに、と少ないながらいくらか援助したことを。
(……オレの、写真……オレだけ切り取ったような……切り取られた写真……)
床に散らばる大量の写真に圧倒されて呆然と立ち尽くしていた汐見はふと、2枚あるPCモニターが異様に傾いているのに気づいて、スマホのライトをかざしてそこを見た。
(壁板?)
モニターに掛かっているようだった。
近くに寄って見てみる……傾いた壁板の後ろを照らすと──
そこには、数多くの【汐見】の写真、が────
「佐藤……おまえ……」
大小の【汐見】の写真の数々。
コラージュみたいに重なったりそうじゃなかったりと、貼り付けられているが、佐藤と一緒に映ってる写真の方は少し大きめで前面に貼り付けられ──
汐見はそっと、その壁板に手を掛けてモニターから退けようとして、ズ、ルルルル、とその壁板が滑っていき、夥しい量の写真を貼られた、壁全面が、現れた。
「ストーカー、かよ……」
ボソッと汐見はつぶやいていた。
(そうか……佐藤はオレ、の…………)
写真の中には明らかに最近撮ったようなものも混じっている。
(【ストーカー】なんだ──)
酒臭い部屋の中をぐるっと見回してスマホのライトで照らすと、細々としたものがあちこちに倒され──その内に、汐見は、ふっ、と……思った。
(いくらオレが鈍くても、さすがに気づくだろ……)
佐藤が言っていた『長く片想いしている佐藤に靡かずに別の男と結婚した相手』
(いや、【男】と結婚した、とは言ってなかった気がする……オレも男だし、佐藤も男で……それって……)
「……お前って【そっち】だった、のか?」
汐見が佐藤にそういう気配を感じたことはない。佐藤には少なくとも1年前までは常に彼女がいた。そして、数時間前には、この1年はEDだ、とも言っていた。
『諦めきれなくてさ……結婚してるけど、まだ片想いのままだけど、それでもいいや、って思って……』
汐見は佐藤が帰り際、最後に言ったセリフを思い出していた。
(ナニか引っかかる…………その直前に聞いたのは……)
『お前の知らない人だよ』とも言っていた。
(あれは……どういう意味だ?)
壁と床にある大量の写真が──佐藤の気持ちを──本音を代弁していた……
いくら【そういう事】に疎い汐見にも理解できるほど。
汐見は、相手が言った言葉からしかその人物のことを考えない。
だが、言葉をあまり信用していない。『人』は簡単に嘘をつく生き物だからだ。
その人物が誠実かどうかは、行動に現れると思っている。
言葉に伴う行動を起こさない人間を汐見は信じない。だから、そういう人間を避けてきたし、そうだとわかるまでの対応が冷たく、誠実さを行動で証明した人間を信用する。
言葉よりも行動がその人間の本音であることを理解しているつもりだ。
(だから……佐藤のコレ、は──)
その床を眺めていた汐見は、ゆっくりかがむと、床に散らばった大量の写真を見てみた。懐かしい写真もたくさんある。
その中に、泣きそうなくらい懐かしい写真を見つけた。
「これは……」
さっきPC画面で流れていた鎌倉に3人で行った時の写真。
汐見と紗妃が写っているはずなのに、紗妃の姿だけがなく、写真のサイズがおかしいことになってる。
重なるようにしてその下にある写真を見ると……
同じ場所で、海辺で紗妃と一緒にいるはずの小さなサイズの汐見に、大きい顔の佐藤の横顔が汐見の左頬にキスしてる、遠近感のおかしい写真──巨人と小人みたいに写るあの構図──が、あった。
(あぁ……そうか……、そう、なんだな……)
汐見はもう、納得するしかなかった。
(佐藤が……ずっと……片想いして……諦めきれなかった、って…………)
佐藤が汐見に────
『お前の知らない人』と言った理由。
言い出せなかった理由。
多くを語らなかった理由。
そういったもの全てはわからない、だが──
この大量にある写真が、佐藤の気持ちを【汐見】に叫んでいた。
『【汐見潮が】好きだ』、と。




