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088 - 汐見宅で(14)


 ラーメンを食べ終わった汐見と佐藤はインスタントカップを前に会話を続けていた。


「あとは……いろいろやってるんだけどさ……この下にある録音機」


 そう言って、汐見が食卓を指し示す。


「自作してる最中にBisonてのが、AIに使われてる言語でさ。独学でやってるけど結構面白くて。それメインでやってる会社が最近割とプログラマー兼プロジェクトマネージャーの募集出してて……」


 後の説明は佐藤にはよくわからない話だった。Rがどうとか機械学習がどうとか。


(お前は遠くに行っちまうんだな……きっと……)


 佐藤は手前数メートルの未来しか見てない自分と、もっと先の何かを目指して走っていく汐見とのイメージの対比に心の底から項垂れた。


(仕事好きというより……)


 汐見のIT技術に対する執着は、佐藤も素直に羨ましいと思っている。自分はそこまでのめり込むほど何かに執着したことなどない。


(汐見、以外に執着したことないな……)


 熱っぽく話す言葉の端々に、今の仕事が汐見にとっていかに天職なのかわかる。だが、だからと言って、今の会社を退職して別の会社に行くのは、佐藤にとっては由々しき事態だった。


「……それ、今の会社では無理なのか?」

「難しいだろうな」

「なんで?」


(お前がやりたいことを止めるつもりはない。けど、お前が違う会社に行ってしまったら……俺と会う時間を作ってくれるかどうかすら怪しいのに……)


 汐見は薄情な人間じゃない。親しくない相手に塩対応なだけで、一度関わって能力や人柄に好感を持つと情深く見守り、陰ながらサポートするタイプだ。だからこそ、佐藤は汐見の隣にありたいと願っている。


「新しい技術の導入はどうやってもベンチャーには敵わない。彼らは若くて安い元手(人材)で新技術を武器に自社開発で業界に乗り込んでくる……うちの会社は今、自社開発をほとんどストップしてる。企業が大きくなるとその分、人件費がかかるからそれを賄うには一流企業のプライム案件が一番(あん)パイで……」


 自社開発とはシステムやアプリなどの製品を自社のリソースを使って開発することで、プライム案件とは他社を仲介せずに直接受注した案件のことだ。


「……お前、もしかして、橋田の会社に行こうとしてる?」

「いや? 橋田の会社が何やってるかオレわからないから聞こうと思って──」

「……」

「橋田の会社って、そういうのやってんのか?」

「……」


(橋田に話したくない、絶対に……)


 胃どころか心臓も痛かった。なんだったら内臓全部が軋んでいるような感じさえする。

 佐藤はそう感じている自分にほとほと呆れていた。


(俺、これ以上汐見の近くにいたらストレスでぶっ倒れるんじゃないか、これ……)


 泣きそうになる自分を叱咤して、苦笑しながら汐見の話を聞いていた。


(汐見の描く未来図に俺は居るんだろうか……居るとしたら、一体どこに居るんだろう……)


「わからない、けど、自社開発メインで、って話はちょっと聞いた気がする……」

「……? 佐藤?」


 佐藤にとって、何が正解かわからない。でも、汐見にとっての正解はわかってる。


『橋田とつなぐ』ことだ。


 だが、それが元で自分との時間を削ったり、なんだったら関係が自然消滅するきっかけになりやしないかと思うと腹の底が焦げ付くような焦燥感を感じる。


(大学時代に戻って、もう一度やり直したい……情報系の学部に行って、またあの時みたいにお前と出会いたい。そしたら、今度こそお前の隣で一緒に技術を磨いて、お前が俺を1番に必要としてくれて、本当の【相棒】としてそばにいて……お前の隣でお前の夢を一緒に見ていたい……)


 泣きそうになる気持ちを抑えて、佐藤は声を振り絞った。


「……わかった。そういったことも含めて橋田には話、通しとく。……お前はちゃんと休めよな」

「あ、あぁ」


 その時になってようやく佐藤の違和感に気づいた汐見が、はた と佐藤の顔をまじまじと見つめた。

 汐見と居る時は柔らかい表情を見せる佐藤の顔が、今は何故か強張っているように見えた。


(……佐藤……お前を……開放しないと……オレとの時間を減らした方がいい、そしたらきっと……)


「オレの話ばっかで悪い…………お、前は、その……か、彼女とはどういう……感じ、なんだ?」


 強張った表情のまま、汐見を見る佐藤。


「……どういう感じって?」

「その、結婚してるって言ってた……のに、長いって……」


 その質問は、佐藤の【()()()()()()()】の話だ。


「……あぁ」


 汐見がまた聞いてくるとは思わなかった佐藤は


(もういいか……)


 観念したように話し始めた。


「俺が告白しようと思ってたら、別の人に一目惚れして1年もしないで結婚しちまった」

「え?!」


(こんなイケメンの佐藤を差し置いて別の男に一目惚れ?! 一体どんな??)


 汐見は驚いた表情で佐藤を見るが、その顔は皮肉げに笑っているだけだ。


「ちょっと待ちすぎたな、って後悔してる……」

「そ、その相手は……その、お前の片想いって」

「気づいてないだろうな。気づかないんじゃないか、このまま」


 素気ない態度の佐藤に汐見の方が慌てる。


「……れ、連絡とかは……」

「マメに取ってるけど……最近、夫婦仲うまくいってないって聞いて、ちょっと……いや、かなり喜んでる……俺、最低だよな」


 俯いたまま話す佐藤の声には苦渋が滲んでいた。


「そ、れは」

「……はは。お前にこの話するの、初めてだな。……あんまり長くないから……今話して良いか? でも聞き流せよ?」


(もうこれで終わりだ。気づくか気づかないかは汐見に任せよう。気づかれなかったらもう……)


 そして、目を閉じたまま佐藤が話すのを、汐見は黙って聞いていた。






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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