084 - 汐見宅で(10)
考え込んでいる汐見の様子を伺って佐藤は内心冷や汗を流していた。
「ど、どうしたんだ? 急に」
(お前にこんなことが知れたら、俺のこと軽蔑するかもしれない)
──社内で佐藤の気持ちに気づいている人間は、橋田だけだった。橋田は割と早い時期から佐藤の気持ちに気づき、陰ながら見守っていた。
汐見への気持ちを知られた時、佐藤は橋田が自分と同じように汐見に恋愛感情を抱いているんじゃないかと勘繰ったものだが──それは杞憂に終わった。
その代わり、佐藤が気軽に汐見に触れられない分、当てつけるかのように橋田が汐見に過剰なスキンシップを施し、毎度それに佐藤はギリギリさせられていた。
『だ~って、俺、帰国子女だし~ぃ』とは橋田本人の談。
実際に橋田はエンジニアとしてかなり優秀だったが、チャラすぎてどんな人間なのか把握している人はほぼいなかった。ある時、汐見と佐藤と下北沢とで飲みに行くことになりその時初めて橋田は素性を話した。
『まぁ~、なんつうの。親父の海外転勤で一家そろって中学進学直後からアメリカ行ってたんよね~。高校2年の時に帰ってきたんだけど。まぁ、なんつ~か、日本人てお堅いのね~とは思った』
酔っ払いながら話した内容とは、彼の国で数々の浮名を流し、彼女らしい彼女をほぼ作らず、だがそういうメンバーと連れ立っていたこともあって下半身のゆるい異性交友が普通だと思っていた、という橋田の過去だ。
日本に帰ってきて、アメリカとのギャップに戸惑ったが、生来の軽いノリで『ま、いっか』と受け流して今に至る。なお、在米当時、橋田の父親はプロのエンジニアとしてシリコンバレーにある海外本社で働いていて、プール付きの一軒家を無償で貸し出されるほどだったという。
中高時代の5年間。いわゆる貴重なティーンエイジャーの期間を橋田は米国で暮らし、彼の国の性的事情やら情報やらに存分に浸かってきたがために、下半身がゆるいことこの上ない男になったのだという。
『男ともやったことあるけど。ま、俺は女の子のおっぱいが好き! って結論!』
そうやって現在のチャラい橋田が出来上がった。
『高校に上がった頃、親父の会社にも行ったことあるぜ。いや~、日本の会社と全然違うからさ~、今行ってもびっくりすると思うわ』
その橋田が言うには
『でもまぁ、俺、院まで言ったけどそこでも汐見くらいできるやつはあんまいなかったんだよ。だから汐見の事、超気に入ってんだよな~』とヘラヘラ笑いながら言ったので佐藤はキレそうになった。
軽いノリでそういうことを言う橋田が佐藤は嫌いだった。
だが、実際、汐見に対する佐藤の気持ちに気づいて、そのことを誰にも漏らすこともなく見守ってくれていたのは他ならぬ橋田だった。その辺りには感謝している。
(だけどそれとこれとは別)
社内で雑談している佐藤と汐見を発見しては揶揄いに来ていた橋田だったが、むっとする佐藤にめげることなくちゃんと2人と会話をしていたのは橋田くらいだったのだ。
退職する数ヶ月前から、佐藤は橋田に誘われて橋田の大学時代の知り合いがやってるというミックスバーで何度かサシで飲むようになった。
会話の内容はほぼ佐藤の愚痴──汐見が気づいてくれないことに対する悲嘆話──がメインだったのだが。
そして、その橋田が退職する直前、ミックスバーとは別の居酒屋でサシ飲みしていたとき『あ~汐見も引っこ抜いて辞めようと思ったのに~』と言った橋田に、あのセリフを叩きつけたのだ。
『絶対汐見に連絡するな! 2人で会おうとするな! じゃないとあのバーでお前の有る事無い事バラす!』
橋田は呆れていたが、佐藤の汐見に対する本気を知っていたので、交換条件として
『オーケーオーケー。わかった。じゃあ、俺からは連絡しないようにするし、俺は連絡先も変えとくよ。その代わりお前、これからも定期的に俺と飲めよ? ほんで月一は情報交換しようぜ』
それに承諾して、佐藤は渋々──不本意ながら──月イチで橋田と情報交換する仲になってしまったのだ。
側から見ると、橋田と佐藤が付き合ってるように見えたかもしれない。




