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081 - 汐見宅で(7)


「大丈夫か?」

「あぁ……すまん。ちょっと休んだらお前の家に戻ろう」

「……ぁあ……」


 佐藤は汐見に肩を貸しながら夫婦の寝室に入ってベッドまで送ると、すぐに寝室を出て行った。

 8畳の部屋に、シングルベッドが2台。しかもそのベッドの間は2m近く離されている。


(変に思われなかったか……)


 2年とはいえ新婚夫婦の寝室にしては、殺風景な方だと汐見は思う。

 2台のベッドはヘッドボード側が壁に接していて、その3mほど足元にでかいクローゼットがある。そこが夫婦共同の──というか、もう汐見しか使っていない──衣類が納められている。


 そして、そのクローゼットの扉には


(あぁ。やっぱり病院にあったやつと同じか……)


『妊活』カレンダーが掛けられている。

 佐藤は汐見を部屋に送ると、離された2台のシングルベッドとクローゼットにかかったカレンダーを見て、何も言わずに寝室を出て行った。


 佐藤の様子が変だった。汐見が『レス』って言った後から。


(そうだよな……先週『妊活してる』って言ってたのにな……嘘ついたな……)


『妊活』は本当だ。

 ただ、形骸化(けいがいか)してしまっただけで。


(そうか……半年、いや、それ以上か……もう紗妃の髪にも触れていない……)


 新婚当初は、風呂上がりに髪を乾かす習慣のない紗妃の髪にドライヤーをあてながら、夫婦らしい会話をしていた時期もあった。だが段々それもなくなってきて───


(触らないで。……か……)


 1度目の説得の時──紗妃が隣家との防火戸をぶち破った時。

 紗妃にそう言われてから、もう汐見からは触れることができなくなってしまった。

 かろうじて会話はあるものの、紗妃の肌どころか髪にすら汐見から触れることができない。

 定時に帰って来ても家にいる間、紗妃とは最低限の会話のやりとりをして、食事をするだけ。


(違う部署にいる佐藤との会話の方が多いくらいだったもんな……)


 でも、汐見は紗妃の横顔を眺めるのが好きだった。

 薄い色彩の瞳と、淡い栗色の髪。

 色白で、華奢で、大きくて少し垂れた目の愛らしい顔をしたその姿は、ずっと見ていても飽きなかったし、自分がこんなに面食いだとは思わなかった。


(最初の彼女は普通の()だったな)


 高校も大学も共学だったが、理系クラス、理系学部となると8割以上が男で、ほぼ男子校のノリだったし、とにかく女性は少なかった。そんな中、大学2年の頃、良いな、と思っていた女子となんとなく流れで付き合った。だが3年に上がる頃、課題と論文で手一杯になった頃に自然消滅した。

 理系男子大学生なんて皆そんなもんだ、と友人も言っていた。

 だから、結婚する女性とは数年くらいきちんと付き合ってから結婚するものだと思っていた。


 だが、紗妃とは付き合うことになって1年も経たないうちに入籍した──


(……【つなぎ】で結婚したかっただけだった、のか……)


 紗妃は、本当は『吉永隆』と結婚したかったのだろう。


(でも彼が既婚者だったから、お義母さんとの約束のために誰かと結婚しようと思って……)


 そして────


(【つなぎ】として狙ってた同じ会社の相手すら、本当はオレじゃなくて……)


 そんな紗妃の本音なんて知らなかったし、知りたくもなかった。


(情けない。こんなので夫婦って言っていいのか?)


 そう思っても、誰にも相談できなかった。


(ましてや、佐藤には……)


「は~~~っ」


 大きなため息が出た。

 

(ちょっとは思ったんだ。紗妃が佐藤を見る目はオレを見る目と違ってたから。紗妃の視線を辿った時、オレを見る時とは違う視線で佐藤を見ていた。それなのに佐藤じゃなくオレを選んだ紗妃に驚きと同時に喜びもひとしおだった。こんな美女が……イケメンの佐藤じゃなくてオレを選ぶのか、って)


 カレンダーを眺めながら、過去の自分を省みる。


(勝った……って。あの時思ったよな、オレ……)


 佐藤に対してそんな気持ちが起こるなんて思ってもみなかった汐見は、激しい自己嫌悪に襲われた。

 だが、佐藤を親友として大事に思う気持ちとは裏腹に、紗妃という美女を間に挟んで、佐藤を恋敵として感じていたのも確かだった。


(だからなおさら紗妃のことなんて……お前には相談できなかった……)


 夫婦の内情を佐藤に相談することは、勝ち試合のロスタイムで負けてしまうのと同義だったから。


「……疲れたな……」


(午前中に池宮弁護士と会うための手順を考えて、午後に刑事さんたちと会って話した。その直後に池宮弁護士から電話が来て────)


「夜……大丈夫か、オレ……」


 昨夜、佐藤の家にいるとき、心身ともに休息モードに入っていたのだろう。

 あそこには佐藤以外の気配がしない。紗妃のことを考えたりすることもほとんどなかった。


 だがこの家には紗妃の気配がする。

 今、ここに存在しないはずの紗妃がそこにいるかのように。


 隣のベッドは紗妃専用のベッドであり、レスになる直前は汐見がそこに座るのすら嫌がられることも度々だった。


「紗妃……オレのこと、そんなに嫌だったのか……?」


 嫌いな相手との行為なんて、『妊活』とはいえ、苦行だったに違いない。

 それをあれほど可愛い(紗妃)に強要していたのかと思うと、自分で自分に虫唾(むしず)が走った。


(なんで、言わなかったんだ……オレじゃないんだって……)


 たとえ結婚した後だったとしても、そう言ってくれればよかったと思う。


(そうすれば、オレも……ちゃんと言えたのに……紗妃とのこれから、佐藤との関係、オレの……)


「オレの人生はオレのもの、か……」


 米山刑事に言われたことが頭の中で反響していた。


(オレはオレなりにちゃんと前を向いて歩いて行こう)


「佐藤とも……」


(距離を置こう。佐藤にはオレじゃないいい人がちゃんといる。オレはきっと紗妃とダメになるだろう。でもそれならそれでいい。今度こそ誰にも頼らずに、オレ自身、身一つになって──)


「身軽になった方ができることって、あるしな……」


 まずは佐藤に頼んで橋田と連絡をつけてもらおうと、汐見は思った。


(なんでか知らないけどあいつ、退職直後、急に連絡取れなくなったからな。それから────)






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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