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075 - 佐藤宅で2人(10)


  ◇◇



「出るぞ~! 忘れ物ないか?」


 2人して玄関口で荷物のチェックをしていると、佐藤が声をかけ


「……オッケ。全部持ってる」


 汐見は右手でサムズアップしてOKサインを出した。

 佐藤から借りたデイパックに細々としたものを入れた汐見は、一番重いノートPCだけ佐藤に持ってもらうことにした。


 昨夜『一応、何泊することになるかわからないから、色々持って来いよ』という佐藤の言葉に甘えて、他にも必要なものを持参しようと思っていた。


(読みかけと、お気に入りの小説も何冊か持っていくか……)


 そう考え、昼前に佐藤と汐見は共に家を出た。


 途中、どこかで昼食を済ませてから汐見の家に向かう予定だったため、電車で家の近くまで来た後、駅近の定食屋に寄った。

 夜遅くでも開いてるそこは汐見が終電後によく来る行きつけでもあった。だが平日のこんな時間にこの店に入るのは初めてで、メニューが違うことも初めて知った。


 佐藤が「少し寄りたいところがある」とこじんまりした商店街に入って行ったが、汐見は商店街のアーケードの下に置かれている長椅子で休憩することにした。

 平日のお昼時間のせいか子供の声は聞こえず、主婦らしき人たちがそれぞれ行き交っている。汐見のような年代の男が平日のこんな時間帯にこんな場所をうろついてると目立つのか、すれ違いざまに見られている。


(ま、あいつほどじゃないけどな)


 佐藤と一緒に外を出歩くと目立って仕方ないのだ。


 交流が始まった最初の頃、佐藤に『頼むから、日中オレと出歩く時は帽子とか……被って欲しい……お前が嫌じゃなければ』とお願いするとそれ以来、律儀に守ってくれている。


 今日はいつもより鍔広のキャップだった。

 普段着のようなTシャツにジーンズという汐見の格好に合わせた佐藤は、ダサめのチェックのカジュアルシャツとデニムのボトムを履いてるが、長身と小さい顔のせいで逆に悪目立ちしているような気がする。


(オレの贔屓目じゃないよな?)


 男から見てもイイ男ってことは相当な色男だと思うが、佐藤は汐見といるときはそういう自負をおくびにも出さない。だが、自分にマウントを取ってこようとする同性には容赦しない。

 そういうところも含めて


(変わったよなぁ、あいつ……)


 佐藤の変化を隣で見ていて気分が良かったのは汐見だけじゃなかったはずだ。


(あぁ、橋田と繋がってるって言ってたな……後でオレにも連絡先教えてもらおう……今なら橋田にも相談に乗ってもらった方がいいだろう)


 長椅子の背もたれにもたれ、アーケードの安っぽいステンドグラスのような透過ガラスを眺めていた。

 この数日、仕事でもないのに目まぐるしく過ごしていて忘れそうだが、近いうちに誕生日だな、となんとなく考えていた。


 一方で、佐藤は──汐見のマンションからの帰りに、緩めのボトムを買おうと思っていた。だが、帰りだと疲れるだろうことと、駅近の商店街に大きめサイズの店があったことを思い出し、汐見を休ませてその店に入ることにした。


 待たせている汐見の元に駆け足で戻ってみると、汐見がぼーっと上を見上げて休憩している後頭部が見えた。


(あー……その頭のつむじもかわいい……)


 佐藤は、汐見だったらなんでも可愛く見えるという催眠術にかかっている。盲目というのはそういうことだ、と本人も納得していた。


「悪い! 時間かかった! 気分、大丈夫か?」

「あぁ、いや、そんなんでもない。ちょっと休んで楽になったし」

「そうか。じゃあ、そのまま行くか」

「ああ……ってか、お前何買ったんだ?」

「え? あぁその、ちょっと部屋着をな」

「部屋着?」

「あ、あぁ! く、くたびれたのが多かったから、そろそろ替え時かな~、と思って」

「……部屋着ならくたびれた方のがよくないか?」

「い、いや、まぁ、その、なんて言うか」

「?」

「ちょ、ちょっとさ! 洗濯で縮んでるのが多くなったから、緩めのサイズをな! 買っておこうと思って! ほら!」


 汐見に聞かれた佐藤は大きめな紙袋から1着だけ、買ったズボンを取り出して見せる。

 汐見は(こいつ……いつぞやの海パンもそうだったけど、私服のスボンに関してだけ、センス皆無だよな)と呆れた顔をした。


「佐藤、おまえ……まぁ、別に家の中でカッコつけることはないけどさ……」

「な、なんだよ! お前だって家の中ではくつろぎモードだろ。風呂入る前にパンイチで筋トレしてるくせに」

「なんで知ってるんだ?」


(し、しまった!! 口が滑った!)


「!! い、いや! ほ、ほら! お、お前が酔った時に言ってた! から!」

「? そうだったか? ……まぁ、今の家に越してからは、パンイチで筋トレはやってないな。紗妃が嫌がるんだ……汗で床が濡れて汚れるからって……」

「汐見……」


(そうだよな……お前の中で、1番の優先順位は【妻】の〈春風〉なんだよな……今も、まだ……)


 だからこそ佐藤には汐見が愛しく思えて仕方ない。

 一途に〈春風()〉を想う汐見にすら、佐藤は恋焦がれてやまない。その想いが報われないと知りながら──


(〈春風〉は、お前のこと、どう思ってたんだろうな……)


「ま、まぁ、アレだよ。紗妃は潔癖だからな。見た目通り」


 凍った空気を気遣った汐見が取り繕うように続ける言葉を聞いて、佐藤はさらに胸が締め付けられた。


「……俺んちではやってもいいぞ。筋トレ。あ、でも今は無理か」


(俺の家にいるときくらいは好きにしたらいい。本当に。別に筋トレで床が汚れるとか、なんだよ、それ。そんなもん拭けばいいだろ)


「ははっ。筋トレできるくらいになったらお前ん家には居ないだろ」

「!」


(そうだった……! そうだ……汐見は、治ったら俺の家を出ていく……!) 


 そこまで考えた佐藤は、心臓が抉られる感覚に耐えるために下唇を噛んだ。

 汐見が佐藤の様子を伺うように顔を覗き込む。


「あの、さ。こんなとこでこんなこと言うのはアレだが……お前、好きな人、いるんだろ?」

「?!」


(まさか……汐見に気づかれた?!)


「うん……まぁ、その、なんだ……来週くらいにはオレ出て行くからさ。ちゃんと仲直り、しろよ?」

「!?」


(ちょ、ちょっと待て! ど、どういう意味だ?)


「……その、なんだ……オレには言いにくいような関係、なのかもしれないが……」

「!」


(それは、言いにくいんじゃない! お前だから言えないだけで……!)


 佐藤が汐見の仕事モードではないメガネの奥にある穏やかな瞳を見ながら唖然としていると


「ちゃんと、言葉を尽くせよ。どうなるかはわからないけどさ。お前くらいの色男、袖にするような女はそうそういないって」

「……」


(あぁ……! 汐見は……完全に勘違いしているのか……)


「な?」


(俺が想いを寄せている【女】がいて、俺がその【女】とうまくいかない、あるいはうまくいっていない、と思ってる……汐見は、【男】である俺が想いを寄せている相手が【女】だと信じて疑わない。……ましてや、今目の前にいる【同性】の【自分】が【俺の片想いの相手】だとは心底、()()()()()()()()()()()()んだ……)


 きっと、汐見は佐藤の想いに気づかない。


(俺がどんなに汐見(お前)を特別扱いしようと、汐見の中で俺の存在は【一番仲がいい友人】、【親友】から動くことはない……一生……このまま……)


 佐藤はそこまで考えて身震いした。だが、今言ったところで佐藤の気持ちの100分の1も伝わらないんじゃないかとも思う。


(汐見は俺のこと、恋愛対象として見ていない。()()()()()()()()、と思ってる……男が男と、なんて……お前には……本当に、理解でき(わからない)んだな……)


「……女、じゃ、ない」

「ん?」


 一瞬の小声だったため、絞り出した佐藤の声は、汐見に半分も届いてなかった。


 佐藤は大声で叫び出したい衝動に駆られた。

 お前(汐見)が好きなんだと。女なんかじゃない。男だからでもない。『汐見潮』だけが好きなんだ、と──


 だが、今汐見に聞き返されたとしても、そのことを正確に伝える勇気は佐藤にはまだなかった。


(お前に拒絶されたら、俺は……)


 佐藤は思う──男を恋愛対象として見れない汐見に拒絶されるくらいなら、そばにいられる権利だけでも確保していたかった。


(そんな浅ましい考えでお前のそばにいる俺を許してくれ……離婚すらできないお前のそばにいるのは苦しい。けど、でも……それでもお前の隣にいたい! ごめん。気持ち悪くてごめん……でも、もうお前じゃないと……!)


「……な、んでも、ない」

「そうか……じゃあ、行くか」

「……あぁ……」


 佐藤は汐見に見られないよう顔を隠すために俯く。

 俯いたままの佐藤と汐見は2人並んで、ここから15分かかる汐見のマンションへの道のりを歩き出した。


(佐藤がオレにも言えないってことは……もしかしたら、結ばれない関係なのかもしれない。紗妃も、そういう男と不倫してた……)


 汐見は佐藤のこの先を思いながら、佐藤は汐見への想いを抱きながら、黙々と歩くことだけに集中した。


(もし、()()()そうだとしたら……なんてアドバイスしたらいいのか……わからない、な……)






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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