071 - 佐藤宅で2人(6)
結局、佐藤と汐見はでかいベッドで一緒に寝ることになり、間には当然硬い抱き枕がデデンと横たわっていた。
「これ、前から思ってたんだけど、抱き枕にしては硬すぎないか?」
今更ながらその抱き枕の硬さを確認した汐見が問うと
「あ、それ、抱き【枕】じゃないから」
「え?」
そう言って、佐藤がタオル地のカバーを取り外して出てきたのは硬い素材でできた円筒形の何かだった。
「ストレッチポールだ」
「ん? 最初からそうだったか?」
「……いや、最初はそうじゃなかったけど……」
(硬さがあれば無意識に乗り越えたりしないから、お前に触ったりできないだろうと思ってな……)
汐見のところまで無意識に侵入する事故で、あろうことか佐藤の掌が汐見の脱力して弾力のある胸板に置かれていたことがあったのだ。
その時はかなり焦ったし、反射的に反応してしまった己の下半身を鎮めるために起きてトイレで抜いた。
その時に思ったのだ。
(やばい……抱き枕くらいでは防波堤にならない……)
困った末に辿り着いたのが
『抱き枕が硬ければ乗り越えてまで汐見の領域を侵犯しないだろう』という結論だったのだ。
以前、残業三昧だった時期に背中の張りを訴えて、ジムのトレーナーから教わって少し使ったことのあるアレが一番最適だろう、と考えた末、【ストレッチポールを汐見との防波堤に使う】に至ったのだ。
「へえ、これストレッチポールっていうのか。使ったことないな。どうやって使うんだ?」
「……お前、今これ使ってみたいと思ってるだろ」
「……そうか、これもダメか?」
「ダメだろ。運動するな、って言われてるのに、ホントお前は……」
ストレッチするためのものなので筋トレほどには脇腹に負荷はかかりにくいかもしれない。だが、まだ安静にしていた方がいい。
先ほども、PC作業をするだけで少しきつそうに見えたのだから、あまり無理はさせない方がいいだろうと判断した佐藤が呆れ顔で、阻止した未来について予言した。
「お前1人で家で自宅療養してたら、絶対悪化させてたと思うぞ」
「……」
無意識に運動しようとしてしまう汐見は
(今後は怪我や病気をしないように気をつけよう……)
と、明後日の方向で固く心に決めた。
無意識に乗り越えようとしてもストレッチポールが硬くて痛みがあるから、そういう行動は取らないだろう。そう思って用意したら、案の定それからは佐藤にとってラッキーな事故はなくなった。
ちょっと残念な気はしたが佐藤は
(焦ってそういうことして……拒否られたり嫌われるよりはマシだ)
自分にそう言い聞かせることで苦い溜飲を下げた。
「もう寝るぞ。明日は早いし、やることも多い。刑事さんたちは午後だったよな?」
「あぁ、2時に来てもらうことになってる。昼食べてから家に戻ってれば大丈夫だ」
「了解。じゃあ、電気消すぞ」
「あぁ……」
2人で定位置に寝そべって、ベッドのヘッドボードに置かれたリモコンを操作しようとする佐藤。
暗くなる寸前で、汐見がポール越しに佐藤の顔を伺いながら声をかけてきた。
「……佐藤」
「ん?」
「迷惑だよな、こんな……」
「おい、また【悪い】っつったらこっから足揉んでもらうぞ」
言って、ポール越しから汐見のところにニュッと足を差し出すと「はははっ」と汐見が笑い声をあげた。
(こんな時くらい、そういうこと考えるなよな……)
汐見のその、表情にはほとんど出ない細やかな心の機微を愛しく思う。佐藤は嘆息しながら
「……俺はさ、割とハッキリもの言う方だと思ってるし、お前にはほぼなんでも言ってると思う」
「?」
(お前に対する気持ち以外は全部……)
「迷惑だったら迷惑って言うし、出来ないことは出来ないって言うよ。だから、安心してちゃんと頼れ。わかったか」
「……わかった。わ……ありがとう」
「そう、そう言えばいいんだよ。お前もわかってきたじゃん」
「あぁ、そうだな……」
「後な、お前はそうだな……もっと感情を表に出してもいいと思うぞ」
「出してないか?」
「あれで出してるとしたら、お前の中で世界中の人間はいつも笑顔なんだな?」
「……気をつける」
「だな。でもまぁ……」
(眩しそうなあの笑顔だけは、俺だけに見せて欲しいけどな……)
「? 佐藤?」
「いや、なんでもない」
今度こそ明かりを消すと、2人してすぐさま夢の国へと旅立った。
佐藤は(久しぶりに汐見と同じベッドで横になって寝られるか俺?) という心配をしていたが────
日中、汐見とずっと一緒にいて神経を尖らせていたことによる気疲れで精神的疲労が溜まっていたのと、汐見が傍にいるという安心感からか、夜中に起きることもなく深睡眠を貪った。
◇◇◇
翌朝、火曜日。
久々に満足行くまでぐっすり眠れた汐見は、シャツが捲れ、あわや危険地帯寸前の胸元までズリ上がった姿で寝こけていて。
脊髄反射でヘッドボードにあったスマホを手に取った佐藤が、シャッター音のしないカメラアプリで連写してしまったのは仕方のないことだった。




