067 - 佐藤宅で2人(2)
「なんだよ、それ」
「お前、ほんと、恋愛事情には頓珍漢だからなぁ」
「おい。相談してるのか、それともオレを茶化してるのか、どっちなんだ?」
「恋愛相談してるんだよ、珍しく」
「珍しいってなんだ」
佐藤は陰っていた表情を少し和らげた。
「ま、お前はソファで休んでろ。歩いて疲れてるだろ」
「あ、あぁ……」
別に表情が陰っていようがどうしようが、他の人間なら汐見は全く気にしない。特にチャラメンだった橋田みたいな奴には気づいても常時、完全に放置プレイだった。
だが、汐見にとっての佐藤は他の人間とはだいぶ違う。
この会社に入って一番最初に汐見に懐いてきた同僚だったから、という理由はあるのかもしれない。
(でも放っておけない……)
そばにいる事が当たり前になっていて、こんな関係をなんというのだろう、と時々考えていた。
(親友……なんか違う……)
そういう考えが頭をもたげ始めると、汐見の思考は迷路にはまり、その度に脳裏にモヤがかかるため、それ以上考えることを諦める。この1年はそういうことが増えていた。
そこまで考えていると、佐藤が12畳の広いリビングのでかいソファから見えるアイランドキッチンに立って何かしている。
「汐見。今日の夕飯、何かリクエストあるか?」
(まだ3時なのにもう夕飯の心配かよ……)と思いつつ、久々に佐藤得意の手料理が食べたくなって、一番好きな献立をリクエストする。きっと無理だろうな、と思いながら。
「……ペスカトーレ」
「言うと思ったよ。オッケー。昨日で買い出してあるからな」
「え、お前……」
(あんな手間暇かかるもん……)
「あ、勘違いすんなよ。魚介の冷凍、買っただけだからな。トマトソースは常備してるしな」
(その労力は彼女に使えよ……)
汐見はふと、さっきの会話を思い出した。
(結婚したいと思ってる相手がいるのに……付き合ってない、ってことは……その人とは結婚できない? でも……まさか……)
汐見はその時の佐藤の反応にほんの少しの違和感を覚えた。ほんの少しのそれを払拭するために、もう一度聞くことにした。
「佐藤。お前さ……結婚したい相手は、いるんだよな?」
「……」
「【結婚できない】人、ってこと、か?」
「……」
「……すまん。話したくないならいいんだ。オレも話せてないことあるしな」
「……そうだな。俺もお前も今週は有給取ってるから、のんびりやろう。結論を急ぐのはよくない」
「……だな」
なんの結論が出るのか。
(佐藤の秘密がわかるのか……? 紗妃との結論も話すべきだろうか。それとも……)
汐見がぐるぐる考えてると、ニンニクを焦がし焼きしているいい匂いがリビングいっぱいに広がってきた。
佐藤がソースを準備する合図だ。
「夕飯には早くないか?」
「ニンニクの焦がし焼きが一番時間かかるんだよ。お前、風呂、何時に入る?」
「っあー。寝る前に入りたいな。佐藤はいつも8時ごろ入るんだよな?」
「あぁ、じゃあ、風呂は俺から先に入って、お前はその後な」
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐると、さっきランチをしたばかりなのにもうお腹が空いてきたような気がした。
「あぁ。あ、そうだ、お前がオレと一緒に寝るの嫌だったら、オレ、ソファで寝るぞ?」
「! バッカ! 怪我人をソファで寝かせられるか! それだったら俺がソファで寝る!」
「いや、家主を置いてオレだけであのベッド占領するわけにいかないだろ」
「……っは~」
今度こそ佐藤はでっかいため息をついた。少し離れた汐見にもわかるくらいの大きさで。
「……わかったよ。でも不自由感じたらすぐ言えよ。怪我人なんだからな、お前は……」
そう言って、コンロの火を止めた佐藤は手を洗って別の食材の準備を始めた。




