066 - 佐藤宅で2人(1)
──── 三人称視点<2> ────
佐藤の家に着いた時にはもう2時を過ぎていた。
「なんか、久しぶりだな、お前の家来るの」
「そうだな。1年ぶりくらいじゃないか?」
「そんなになるか?」
「んー……まぁ、部屋は同じだし、家具の配置も変わってないから、使い勝手は悪くないと思う」
「そうか……」
ゴロゴロとトランクを引きずりながら昼飯に行って少し買い物をして、帰りは電車だった。
トランクを含め、重い荷物は佐藤が持って歩き、歩道を歩く時は必ず車道側に入れ替わって歩いてる。
無意識なのかなんなのか、本当に、こういうところがモテる男の基本なんだろうな。と汐見は思う。
(オレ、紗妃にここまでやってたかなぁ……)
平日の月曜日なのもあり、いく先々がそこまで混んでいなかったのは幸いだった。しかも、本当にこういうところがマメなんだよな、と汐見は思うのだが、佐藤から朝イチで連絡があった。
病院に迎えに来る前に自分と汐見の2人分の有給届けを出しといた、とのこと。最近はメール決裁で全部終わるから便利だよな、と言っていた。
(いや、本当に何から何まで……)
佐藤の家に入って、奥にあるリビングに着くと
「あ。それから、あの部屋、使っていいから」
「え?」
使っていいと言われた部屋は佐藤の家では一番大きい部屋で、玄関から入ってすぐ右の方だ。
「物置だったけど、片付けてあるからさ」
「いや、あの部屋一番大きい部屋だろ?」
「ん? まぁ、そうだけど。俺は寝室と書斎で間に合ってるしな。なんだよ、遠慮するなよ」
言われてその部屋を覗いてみると、確かにガラン、と何もなく片付けられていた。
(いや、数日住まわせてもらうだけなのに、図々しいだろ)
「いいよ。オレはリビングに物置かせてもらうだけで……」
「使えって。そのために昨日は夜遅くまで片付けたんだからな。俺の厚意を無駄にする気か?」
佐藤のこういう押しが強いところに、汐見は気後れしてしまう。押し付けがましいわけではない、嫌でもないのだが、外堀を埋められて厚意をちらつかせられると、断る方が悪者に見えてくるからだ。
「な?」
ダメ押しのようにイイ顔でそう言われたら、汐見に断る道はない。
「……わかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
ニッコリと微笑む顔を見て(イケメンは得するわけだよな)と思い、汐見ははぁーっとため息を吐いた。
「なに?」
「なんでもない」
案内された部屋に入って荷物を置き、室内を見渡すと、クローゼットまである。
「汐見」
「ん?」
「一応、この部屋用にベッドは買いに行こうかと思ってるんだけど……」
「? なんでだ? お前の寝室で一緒に寝れば良いじゃん。何ヶ月もいるわけじゃないんだし」
(来週には家に帰ろう。あまり長居して佐藤に迷惑かけるのはマズイ)
「い、いや……えっと」
珍しくしどろもどろになっている佐藤を訝しそうに見ると、複雑な表情をしている。(なんだ? どうした?)と汐見が思っていると
「い、いや、お前がこんな状態だと、俺が夜中にトイレに立ったりして起こすのもアレだし、やっぱり男同士で同じベッドに寝るのはどうなのかな~、とか……」
「? なんだよ今更。お前が言ったんじゃないか。男同士で何か起こるわけないんだから同じベッドで寝ればいいじゃん、って」
「そ、そうなんだけど……」
佐藤の寝室にあるでかいベッドが、最高に寝心地がいいのを汐見は覚えている。
(なんだ? オレがあのベッドで寝ることに問題でもあるのか、それって……)
「! あ、ああ! そういう! か、彼女が来るのか!」
汐見の発言を聞いた佐藤が明らかに不機嫌な顔をした。
「……お前……一昨日の俺の話聞いてたか?」
「へ?」
「この1年彼女いないっつったよな、俺」
「!」
(そうだった! そういえばこいつEDって……)
「す、すまん……いや、別のベッドとか要らないって。来週には家に帰るんだから、そこまでする必要ないって」
「!」
汐見がそう言うと、佐藤は驚いた表情素見せ、次の瞬間、それは陰った。
「来週……そ、うだよな……」
「佐藤?」
明らかにしょぼくれてる佐藤を見た汐見は(ああ、そういやこいつ寂しがりだったな)と思い出した。
(尚更早く彼女作って結婚でもすればいいのに。選り取り見取りなんだから──)
そう思った汐見が、改めてこのマンションの間取りを考えると、本当に広い。
(一人暮らしで3LDKって必要か?しかもすぐ片付けられるくらいの1部屋が物置って……)
「前から思ってたけど、お前の家、無駄に広いよな……」
「……無駄って言うなよ……けっこ……同棲する前提で借りたんだよ……」
(へぇ……意外。そういうことは考えてるのか)
「相手は?」
「……」
(いないのか? ……なんだ? なんか妙だな……)
「ってか、お前にも結婚願望あったんだな」
「……結婚……できればなぁ、と思ってるさ。ずっと……」
「……?」
こんな風に汐見に対して奥歯に物が挟まった言い方をする佐藤は珍しかった。
「ま、どうなるかわからないけどさ」
「モテるんだから、お前なら相手はいくらでもいるだろう?」
汐見がそう言うと、口元は笑ってるのに目が笑っていない。こんな佐藤も珍しかった。
「……お前はさ、紗妃ちゃんが好きだよな?」
「あ? あぁ……」
数秒の沈黙が流れた後、佐藤は思い切ったように言った。
「お前は……紗妃ちゃんから『好きです』って言われて付き合って、でもそんなに好きじゃないのに、『結婚して欲しい』って言われたら、結婚するか?」
「……それは……」
(それって……オレ自身は相手のこと好きじゃないけど付き合って、その延長で結婚するか? ってこと、だよな……)
汐見は少し考え込む。
(でもそういう夫婦って普通にいるんじゃないのか? 情が湧いて結婚するとかなんとかいう、あれだ……だが、佐藤が聞きたいのはそういうことじゃない、だろう…………紗妃を好きじゃなかったら……ってのは想像できないが……)
紗妃のどこを好きになったのか、汐見はもう思い出せない。
初めて会った時『綺麗な子だなぁ』と思った。
佐藤を見慣れていたおかげで美人には耐性がついていたが、異性の美人はまた別格だった。
小さくて華奢で壊れそうで、綺麗な生き物。
それが汐見にとっての紗妃で、大切に丁寧に扱わないと本当に壊れてしまいそうだと思ったのだ。
(佐藤は好きって言われることの方が多そうだよな……オレは言われたことないな)
「それって……お前は好きな相手と……いや、違うな。【好きになった相手】と結婚したい、とかそういう意味か?」
「……そうだよ。汐見にしては模範解答だな」
少し安堵したような表情で笑う佐藤の顔は、その後すぐに寂しそうな表情に変わった。




