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058 - 診立て(2)


「僕も詳細は知らないのですが───」


 汐見は知っていること、紗妃の母から語られたことを思い出しながら、話すことにした──




 紗妃の母・美津子みつこは、紗妃の父となる男性とは籍を入れておらず、その後、その男の連帯保証人として借金を背負うことになり生活が困窮して実家に戻った。

 だが、美津子の実父は世間体を気にするあまり出戻りの娘を母娘もろとも追い返す。


 その後、美津子の母の説得で紹介されたのが【春風幸三はるかぜこうぞう】である。

 紗妃の旧姓の由来であり、当時、幼稚園生だった紗妃の義理の父となった男。

 実父と同じく世間体を気にする春風家はその地元一体の土地を所有する大地主だった。


 その頃の美津子は【借金のカタに幸三と一緒に暮らす義務と責任を負わされた家事と介護の奴隷】だった。

 長子である幸三は、傍若無人どころかヤクザもかくや、という怒号と怒声と暴力の嵐を当然の権利として身内に振るう最低最悪の男だったのだ。


 当然のことながら借金の支払い約定やくじょうと紗妃の養育を盾に、美津子は常に幸三の機嫌を伺いながら、少しでも幸三の気に食わないことがあれば当たり前のように殴られ続け、外出することも叶わない状況で幸三によく言われていた。


『人間サンドバッグだな、お前は』

 だが、その幸三自身は一歩家を出ると、父や年配の人物に対しては長幼の序を貫き、紳士然として振る舞っていたため、幸三の本性を知るのは同居家族のみであった。


『この子のこういった行動は家の中だけなの。だから、ね。他の人には言わないようにしてね。それも借金を肩代わりする条件だからね』

 幸三の母親にそう言われた美津子は、それ以上反論することを封じられてしまった。




「紗妃からその当時の話を直接聞いたことはありません……ただ、紗妃の母親、美津子さんによると……その、継父になる人が……小学4年生になったばかりの紗妃を殴った時」


(は?! 〈春風〉が?!)


 大人しく汐見の話を聞いていた佐藤が、汐見の横顔を見た。


「家を出ることを決意して、シングルマザーになる道を選んだそうです……」




 紗妃が殴られた時。

 幸三の両親には救急車を呼ぶのすら嫌がられたが、一時、命が危ぶまれるほどの重体だった。

 経済的に不自由な生活を送らないようにするためとはいえ、春風幸三と暮らすことに死の恐怖を感じた美津子は意を決して、夜逃げを決行する。

 そこから先はまるで逃亡生活だった、と後に美津子は語っていた。


 だが、名前を残して離婚しないままでいるのは何故かと、汐見が問うと

『本人から何も言ってこなかったから。後で知ったんだけど。結局私たちが逃げた後、3年後に幸三は死んでた。春風家はとても厳しい長子相続だったから、幸三が継ぐ財産分与で、親族が3つに分かれて未だに裁判沙汰。私たち母娘は最初からいなかったことになってるみたい。ま、あんな家の財産でまた揉め事に巻き込まれるのも嫌だったから連絡は取ってないのよね……』




「住民票を移すと追いかけて来そうだったからそのままで。でも現住所に住民票がないことで相当不自由したそうです。学校やその他諸々の手続きも難航したと言ってました」


 暗い影を落とす表情で汐見はあえて平静を装って話していた。


「その逃亡先の母子シェルターで出会った同じ母子家庭の親子と仲良くなって、シェルターを出た後もすごく協力してもらった、とも……」




 母子家庭とは言っても正式に離婚したわけではないため、細々としたところで()()()()()()()と同様の生活するにも事欠く状態だった。

 離婚していなければ母子家庭としての補償の一切を受けることすらできなかったからだ。

 小学生の紗妃を抱えたままフルタイムで働きに出る美津子は、寒空の下、学校帰りで空腹の紗妃を玄関前で待たせることもしばしばだった。

 そんなとき、春風親子の1年ほど後にシェルターを出て近くのアパートに住むことになったそのもう一組の母子家庭と再会した。

 それからは、お互いに協力し合いながら苦しい生活を凌いだのだ。




「その時の幼馴染が、池宮さんという親子の一人息子さんで、『秋彦さん』と言ってました。2年前の僕らの結婚式に、紗妃の地元から唯一の招待客としてご高齢のお母さんと一緒にご夫婦で参加してくれたんです……」


 一通りの話を終えた汐見は俯いていた。


(オレは……紗妃と結婚すべきじゃなかったのか……)


 紗妃の母・美津子から語られる壮絶な紗妃の幼少期を知ってなお紗妃への愛情は変わらなかった。

 だから結婚を決意したのだ。なのに───


「汐見さんに似てる、と言ってた男性はその方なんでしょうねぇ……」


 ふぅ、とため息を吐き出した原口医師が呟くように述べた。

 でも、と思った佐藤が今までの沈黙を破って質問した。


「その、池宮さん親子が紗妃さんと出会ったのは小学校に上がってから、ってことでしょう? ならなぜ今6歳の紗妃さんが覚えてるんですか?」


 それもそうだ、と気づいて顔をあげた汐見と対照的に、原口医師の口調は冷静だった。


「今の紗妃さんは……おそらく、記憶と人格とが混在してる状態です」


(記憶、と……人格……)

(記憶喪失? じゃなくて……?)


 汐見と佐藤がそれぞれに思い、顔を見合わせると、汐見が原口に質問した。


「……どういうことですか?」

「簡単に、ですが順を追ってご説明しましょう」


 そう言うと、一つのボードを取り出した。


 そこには

『パーソナリティー障害とその特性について』と書かれていた。






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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