表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/211

049 - 病院で2人(3)


 トイレから佐藤が戻ってくる頃、汐見のベッドに掛かったオーバーテーブルには佐藤の弁当が端に寄せられて汐見の夕食が到着していた。

 意外に美味しそうないろどりをしており食欲をそそる香りが漂う。

 だがよく見ると流動食のような内容だ。


「これ、足りるのか?」


 自分が購買で買ってきた弁当と見比べると明らかに量が少ない。

 その上カロリーも少なそうで、更には細かく切られた具材は食べ応えもなさそうだった。


「あー、それな。確認はしてないんだけど、多分、トイレの関係だろうな」

「は?」

「……食べる前に言うと食欲失せるぞ」

「なんだよ、それ」

「……ケガしてる腹に力入れるな、ってことだよ」

「……?」

「今朝は下剤も飲んだ」

「! そ、そっちかよ!」

「だよ」


 ニヤニヤしながら言う汐見に突っ込んだ佐藤が若干嫌な顔をする。


「ま、病院食なんてそんなもんだろ。入院したら痩せるってのは納得したな。ざっとカロリー計算した感じだと基礎代謝量よりカロリー少なめだな」

「ザッとカロリー計算できるお前がヤバイよ……」

「? お前だってカロリー計算してるだろ?」

「俺? 俺は夜は軽めってくらいだ。夕方4時過ぎたら糖質と脂質と炭水化物は摂らないようにしてる」

「……白米と揚げ物入ってるぞ、その弁当」


 そう言って佐藤の弁当の揚げ物を汐見が指差して揶揄やゆすると、佐藤がじとっと汐見を見て


「……今日の夕飯は俺の慰労会。誰かさんのせいで昨夜、ほとんど寝てないからな……」


 昨夜の連絡の仕方を責めた。


「……それは……すまん……」


 明らかに消沈した汐見を見た佐藤が、これ以上怪我人を責めるのも可哀想になってきて


「あ~、やめやめ! 今日はもう飯食って寝るだけにしよう! な!」

「……」


 流れだす微妙な空気を払拭するように、気を取り直して買ってきた弁当箱を開け


「食べよう! 冷めちまう!」


 汐見にも食べるよう促す。


「あぁ……」


 ホッと一息つく汐見が食べているその様子を鑑賞している佐藤は


(毎日……こうやって汐見と同じテーブルでご飯食べられたら、なぁ……)


 などと夢想していた。

 佐藤より早めに平らげた汐見が、覚醒した時に佐藤しかいなかったことを思い出して質問する。


「そういや、刑事さん達は?」

「んー、とりあえず、火曜日に自宅に行きますって伝えてください、ってさ」

「あぁ、データの受け取りか」

「ん。……あの米山って人が少し話したいから、その時に時間ください、っても言ってたぞ」

「えぇ……」


 若干苦手意識を抱いている刑事からの指名に嫌そうな表情で返す。


「あ、あのでっかい方の刑事さんな、村岡さんて名前だったけど、やっぱり柔道国体選手だったっつってた」

「……それ、今どうでもいい話だな」


 弁当を全部食べ終わった佐藤が折箱を元に戻しつつ袋に入れながら、何気なさを装って


「ってか……2回とか色々……なんなんだよ、それ……」


 核心に触れた。


「……」

「……俺にも話せないってことか?」


 佐藤の質問に汐見が沈黙で返すことは滅多にない。余程聞かれたく無いことなのだろう、と察した佐藤はこれ以上は聞かないことにしようと思った。


「まぁ、無理には……」

「……少し、整理してからでいいか?」

「!!」


 だが、汐見がちゃんと説明するつもりでいることに驚いて


「とりあえず、退院して、落ち着いて……向こうの弁護士にも連絡しないと……」

「……わかった」

「すまん……」


 汐見の顔を二度見した。それから、ちょっと考えて


「……それって、お前が俺に謝るようなことじゃない、よな?」

「そうか……」

「簡単に謝るなよ。塩対応の汐見がよ」


 いつもの軽口を叩き


「塩対応って……別に……」

「俺は、営業の仕事では対応甘いけど、プライベートでは俺たちの態度って逆だよな」

「?」


 いつも考えていたことを口に出した。


「俺は、プライベートでは塩対応だよ。面倒だから。お前は気に入った相手にはめちゃくちゃ甘いじゃん」

「そうか?」

「無自覚かよ~~!」


 この、普段何気なく相手に対して塩対応する汐見が、ふとした瞬間、気を許した相手にだけ甘い対応をする。

 その時に見せる何気なく柔らかな表情に他人は心を奪われるのだということに汐見本人は全然気づかない。それは汐見が汐見たる所以だ。

 無自覚に人の心を奪っていく汐見が結婚したことで、懸想する人間が減ったことに佐藤は安堵したが、佐藤自身にとっても悲劇の始まりだった。


(お前はな……自分に対する【好意】にだけは疎いんだよな……)


 この手のこと──恋愛ごとを苦手とする汐見が、逆に佐藤の心を捉えて離さない。ずっと傍にいる自分の好意にすら気づかない汐見を憎らしく思う。

 だが佐藤にとって汐見と代替可能性のある人間は、もう存在しなかった。


「そういえば……」

「ん?」

「お前、金・土潰して、彼女とか、その……大丈夫なのか?」

「……」


(気づけよ……今更……)


「その……彼女とか……不味いよな、と思って、ちょっと連絡するのを控えてだな……」

「……いねぇよ……」

「え?」

「……この1年は誰とも付き合ってない」

「なんで……」

「立たないから」

「は?」


(もう……お前にしか立たないんだよ……)






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お読みいただきありがとうございます。
今後とも応援いただけますと大変励みになります。

─────────────────────────

◆人物紹介リンク(1)

▶ 登場人物紹介・イラストあり(1)◀


─────────────────────────

◆人物紹介リンク(2)
▶︎▶︎前半部未読の方はご注意ください◀◀

▶︎ [7章開始前 ] 登場人物紹介(2)◀


─────────────────────────

▼ 他 掲載作品 ▼

君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ