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040 - 事情聴取(3)


「これは……ご自宅の、どのあたり?」

「12畳のリビングです。リビング全体が隈なく見えるよう、天井の4隅に小型カメラを設置してあります」


 それは──クラウドと汐見の書斎にあるデスクトップPCにのみ保存されているWeb監視カメラの録画映像だった。

 1ヶ月分を撮り溜めることができるが、その間バックアップを取らなければ順次、一番古いデータに新しい録画データが上書きされていく。

 解像度もスマホでクラウドに保存されているものを再生しているせいで荒いが、汐見のPCには4K動画として保存されているため、何が起こったのか、詳細に確認することができる。


「今見てるのは……」

「紗妃……妻が、通知書を受け取って封を切っているところですね」

「……ふむ……今彼女が手にしているのが、汐見さんが刺された凶器です?」


 大きな腹を抱えた刑事がテレビを覗き込みながら呟く。

 紗妃の手元に光る刃物──ハサミ──が、画面の一つに明確に映り込んでいた。


「……そうです……」

「!!」


 佐藤は、もう見ていられなかった。この映像で、これから汐見が(刺される……なん、て……)と思うと────


「……声が……よく聞こえませんな」

「カメラ付属の集音機能が悪くて……マイクだけ別に録音してるデータもありますので、後で確認できます」

「……用意周到ですな。貴方、自分がそうなることを見越してたんですか?」


 丸い腹を抱えた偉そうな刑事が質問した。 

 まるでこうなることを予測していたのか? と、同じ疑問を抱いた佐藤も汐見の顔を確認する。


「……そうではなく……自傷があるとマズいと思って……」

「自傷は? なかったんです?」

「……とりあえず、この病院に来てから動画をざっと一通り1ヶ月分確認しましたが、そちらは大丈夫でした」


(……〈春風〉が……)


 会社の有名な美人受付嬢として有名だった〈春風〉。その名前は近隣ビルに入っている会社にも聞こえたのだろう。

 用もないのに近くのビルから春風紗妃の顔を拝みに来る男までいたと聞く。


(女版、オレ、だよな……)


 佐藤も、勤務して1年経つと顔立ちとその目立つ風貌で相当な有名人だった。

 そんな彼女がどういう悩みを抱えて、錯乱し、汐見に危害を加えるに至ったのか。


(知らないことが多すぎる……俺は汐見の何を見ていたんだ……)


 半ばパニックになりかけた佐藤が汐見の顔を凝視したが、いつも以上に無表情で、そこからは何も読みとれなかった。


 その間にも映像は流れている。


 封書を確認している紗妃と、テーブルの向かい側で水を飲みながら声をかけている汐見。

 がっくりと項垂れてテーブルに寄りかかる妻を気遣うように、椅子から立ち上がった汐見がその書類を取り上げているところだった。


「……ここで僕はその封書の内容を確認しました。通知書で……不倫の告知と……慰謝料の請求でした……」

「……それは……大変でしたな……」

「ええ……」


 諦めにも似た表情を浮かべる汐見の顔には、悲壮感が漂っている。

 すると映像では崩れた紗妃と、汐見が何か会話している。

 そのあと、立ち上がった紗妃が天井を見ながら、ふらふらと身体全体が揺れている。

 少しして、テーブルの上で何かを取ろうとしてそれを奪った紗妃の姿が映る。


「あ、ちょっと止めてください……これ、なんですか? 拡大できます?」

「はい」


 汐見がケーブルで繋がれたスマホ画面をピンチアウトし、何かを奪い返した紗妃の手元を少し拡大する。


「スマホです。妻の……相手の男に連絡を取らないと、と思って」

「なるほど……冷静ですね……」

「……」

「続けてください」


 また夫婦で会話している様子が映され、少ししたら紗妃が持っていたスマホを汐見に渡すところだった。

 汐見が紗妃のスマホを操作している間、紗妃はまだゆらゆらと体を揺らしてテーブルに近づき何かを手に取る。

 そして、汐見が紗妃のスマホの操作をしながら紗妃を見て。


 数瞬後──紗妃が汐見に体当たりした。


「「「!!!」」」

「……このとき、刺されました……」

「ちょっ、ちょっと! 巻き戻して! 凶器を確認したい!」


 でっぷり腹が少し声を大きくして指示した。


「はい」


 汐見が、スマホの小さい画面をタップして、10秒巻き戻し操作をする。そして──


「ここで……奥さんはハサミを取ったんですね」

「……」

「……なぜ逃げなかったんですか?」

「?」

「ハサミを持った奥さん、貴方は何か違和感というか嫌な予感を感じなかったんですか?」

「嫌な……予感……」


 汐見は、嫌な感覚を思い出す。

 

 不倫相手の男に対する嫉妬と羨望せんぼう六腑ろっぷが煮えたぎるほどの憎悪。

 それは自己の内から鬼の咆哮ほうこうが聞こえてきそうな感覚。


 自分という自我を保つため、自分の中から別の自分が這い出してきそうな、そういう不気味な、いびつな感覚を何と表現すれば良いのだろう。


(あのときは……哀しくて……)


 不気味さ以上に、紗妃が、憐れで、哀しくて苦しくて、泣きそうだった。


(それだけだ────逃げる、とか……考えられなかった……)






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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