039 - 事情聴取(2)
「……なるほど……奥さんが不倫している相手の配偶者から、ということですか?」
大男が冷静にメモを取りながら汐見を抉る質問で問い返す。
「……そうです……」
「なるほど……で? 3時半に会社を出たんだとしたら4時くらい? には帰宅した感じで?」
横柄な態度のでっぷり腹がメモをとっている大男の代わりに聞き出す。
「そうです……」
「奥さんと、話し合った?」
「はい……ただ、4時に帰宅した時に妻は家にいなくて……紗妃……妻が帰ってきたのは6時前でした」
「……では6時に奥さんが帰ってきてからは?」
「落ち着いてから話をしようと思って、2人で夕食を食べて、妻は風呂に入って、そのあと内容証明を渡しました」
「……二人でそれを見て、言い争いになった奥さんがカッとなって貴方を刺したので、殴り返した?」
でっぷり刑事が居丈高に自分の憶測で一足飛びに結論を出す。
「……刑事さんはそう推測してるんですね」
「まぁ、男女の揉め事で双方が外傷を負っている場合、被疑者として真っ先に疑うのは男性の方ですからな」
でっぷり腹はよくあるパターンだとでも言うように、被疑者は男で被害者は女だと決めつけてかかっている。
「……そう……ですか……」
「で? 私の推測が当たっているならそのまま進めますが。そうではない、とおっしゃりたいようですな?」
「はい」
鷹揚に聞き返すデカい腹に対し、汐見は表情を引き締めて答えた。
「話し合いをしたんですか?」
「話し合いをしようと……僕は思いました、が……」
「……奥さんがまた錯乱した?」
「はい……」
(錯乱?! また……って……どういうことだ? この2人は何を知ってるんだ? )
刑事との会話は一応形としては簡易な事情聴取という名目になっている。
今自分が会話の間に入って聞くことではないことは分かっているが、それでも佐藤は聞き返したかった。
(錯乱……〈春風〉が……)
「は~っ。貴方は我慢強いのか、奥さんへの想いが強いのか、どっちなんですかねぇ?」
「……多分、両方なんだと思います……」
「!!」
それは、佐藤の心臓を抉る言葉と表情だった。
汐見は本当に紗妃を、妻を愛している。
それは、佐藤も十分にわかっていることだ。だが────
(オレは……そんな汐見、を……)
そう考えるのも仕方がないと佐藤は思う。
誠実で実直で努力家で、何をおいても妻を大事にしようとする夫。
その夫を裏切って不倫をし、挙句、危害まで加える〈春風〉という女性が本当に理解できず、呪わしい。
汐見を裏切るなら、その場を代わって欲しかった。
自分が紗妃のいる場所──汐見潮の隣──にずっと居たかった。
は~っと、でっぷり刑事は呆れたような口調で再度ため息を吐き出すと、その重そうな腹を揺すった。
「わかりました。で? 錯乱した奥さんに刺されたのは? 後ですか? 先ですか?」
「? 何が? ですか?」
「奥さんの頭部の外傷です。まぁ、でも頭部に外傷を受けてからハサミで刺すってのは考えにくいですな……刺されてから逆上した貴方が殴ったと見るのが自然か……」
「……僕は、何もしていない……」
決意の表情でそれだけ述べると、汐見の目は座っていた。
「……それを証明できる人はどこにいます? 貴方と奥さん二人だけの住居でしょう? その場にどなたか居たんですか?」
ちらっと汐見がようやくここで佐藤を見た。
だが佐藤はその場面を見ていない。見てはいないが、汐見がやってないことだけは、わかる。
(……汐見がやってないと断言できる。だが、現場にいなかった俺には証言できない……)
汐見からすると第三者的立場でない佐藤が汐見の無実を述べたとしてもその証言の証拠能力は低い。
だが、一昨日の夜、汐見と別行動で大学の同期と飲みに行った時に得られた情報が一足早ければ、汐見はこんな事態に陥らなかったのではないか──そう思うと、時間を巻き戻したくなる。
そう思った佐藤が声をかけようとすると
「佐藤、ちょっと協力してくれ」
「え?」
そう言うと、先ほどから汐見の手に握られていたケーブルを渡した。
「コレは……テレビに繋げるケーブルだ。これをテレビの後ろのHDMI端子に繋いでくれないか」
「??」
そう言うと、白くて少しこじんまりした変換アダプタに繋がれた、長くて黒いHDMIケーブルを渡された。汐見は刑事に向き直る。
「これを……お二人にお見せするのはとても不本意です……ただ、こうでもしないと紗妃を……妻が心配だったので、刑事さんたちが二回目にいらした後、設置しました」
「!!」
「「?」」
不審がる2人の刑事に対して、佐藤はまたしても驚きの表情で汐見を見た。
(2回目!? どういうことだ?!)
佐藤は聞きたいことが多すぎて脳内にメモを取りたかったが、ひとまずテレビ背面のHDMI端子にケーブルの終端を挿し込む。もう片方の終端を汐見に渡すと、汐見はさらに病院服のポケットから薄いカードを佐藤に渡した。
「これ、テレビの横にあるボックスに差し込んでくれ」
それは、テレビの電源を入れるプリペイドカードだ。午前中、柳瀬とナースステーションで一旦別れた時に買っておいた新品。購入する値段によって視聴時間が変わる。10分100円のそれを念の為、約3時間分を二千円で購入しておいた。
「……」
刑事2人組も何が始まるのか、少し戸惑いながら顔を見合わせる。
すると、程なくテレビに電源が入り、リアルタイムの民放チャンネルでトーク番組が流れ出した。
汐見は慣れた手つきでHDMIケーブルのもう片方の小さな終端端子を自分のスマホに挿し、手元のテレビリモコンを操作して入力を切り替える。
その瞬間、4分割された少し荒いカラーの画面が表示され、それを見た大男が即座に言った。
「監視カメラ、ですね?」
「そうです」
「!!」




