204 - 佐藤宅で(5)
「何から話すか……」
「何からでも」
ベッドのヘッドボードに背を当てて胡座をかいている汐見の左隣に、同じ姿勢で佐藤が座り込む。
「……お前に話してないこと、たくさんあるな」
「そうだよな。俺、こんなにお前のこと知らなかったのか、ってびっくりしたもんな」
「……? いつ?」
「病院で」
「?」
「お前が、天涯孤独って、知らなかった……」
「あぁ……」
それは佐藤が一番知りたかった事実だった。それなのに、汐見は一言もそういう話をしなかった。
「おばあさんの話ばっかりだったから……その、両親はいないのかな、とは思ってたけど……」
まさか、その祖母まで亡くしてるとは知らなかった。
「……汐見は……俺に話してないこと、もっとあるだろ」
「……」
「……いきなり全部、ってのは無理だと思うし、俺もそこまでは……でも、いつか話してくれ。俺はお前とずっと一緒にいたい。お前と同じものを見て、感じて、同じところで笑い合いたい。そういう、その……パートナーになりたいんだ」
「佐藤……」
これまで親友として接していた佐藤が、赤面しながら汐見に言い募る。
ついさっき、2人で親友の一線を超えたばかりだ。
佐藤がどれほどの覚悟で【告白】の言葉を吐いたのか、汐見には想像しかできない。
「お前はさ……〈春風〉を背負い込んで大変だったと思う。だけど、俺はお前の荷物にはなりたくない。だから、俺がその、重いっていうなら……その……」
(さっき、プロポーズまでしてきたくせに……)
あの時の勢いはどうした? と喉まで出掛かっていたが、それを抑えて汐見は
「……佐藤。プロポーズはそもそも、重い」
「え?!」
「そうだろう? この先の人生を自分だけと共有してくれ、ってことだぞ」
「そ、れは……そう、だけど……」
自分のプロポーズもどきの言葉を思い出しながら汐見が笑う。
「お前のプロポーズの答えは一旦保留だ」
「え?!」
「まだ……片付けることが残ってるからな」
「な、何を?」
「転職とか」
「!! そっ、そう! だ! ど、どこに!!」
慌てる佐藤に汐見が微笑みながら
「橋田のとこだ」
「?!」
(え? ちょっと待て! 俺、橋田から何も連絡もらってない……んだけど?!)
「オレが橋田に口止めした」
佐藤の内心の声が聞こえたように答える。
「は、え?!」
「佐藤には絶対話すなって」
「えぇ?!」
「あの時はまだ……お前への答えを……持ってなかったから、な……」
「!!」
ベッドに座り直した汐見が佐藤を正視して、ため息を漏らす。
「社内一のモテ男を独占するのは悪いな、って本気で思うよ……」
「は?! 誰に対して?」
「……お前に片想いしてる女子に対して」
「! お前……バカだろ!」
思えば、最初の忘年会でも着席した時に、佐藤の隣席を他の女子に譲ってあげた方が良かったんじゃないかと考えあぐねていた。
その後、思わぬところで会話が弾み、その考えは汐見の脳内から霧散してしまったのだが。
「誰かの想いが叶う時、誰かの想いは破れる、って誰かが言ってたぞ」
「……」
「そんなん、どうでもいい。誰かが俺のことを好きだとしても、俺はお前のことが好きで、お前も俺が好きなら何の問題もないだろ。……全ての人間の願いが叶うことはあり得ないんだから」
「それはそうだが……でも、な……」
佐藤に対する引け目が未だ自分の中から消えない。それを放置したままでいいのかと悩んでしまう。
「……あのな、汐見。お前はお前の幸せを考えればいいんじゃないか?」
「え?」
「お前が、その……なんつんだ……」
汐見と違って論理的に考える思考習慣がない佐藤は汐見にどう説明したらいいのか言い淀む。
「多分、お前は……自分以外の人間の幸せばっかり考えてないか?」
「? どういう……」
「自分が幸せになるのを怖がってるみたいだ……」
「!!」
それを佐藤から指摘されるのはあまり気持ちの良いものではない。
(オレがお前に好かれてるのを……)
「……俺が見てるだけでも……会社では自分の負担が増えても他の人が先に帰れるようにしたり、待機してる列の先頭を譲ったりとかさ。譲る癖が付いてるっていうのか? それは良くないと思うぞ」
「!!」
「他の人が楽になったり幸せ? になるかもしれないけど、お前の負担は減らない。お前だけ消耗していくのはおかしいだろう? 俺はお前の負担を減らしたいんだから、お前が誰かに譲ってる姿を見るのは嫌だ」
「……」
(そんなこと考えて……)
それは幼少期から身についてしまった習慣のようなものだ。
あの頃の汐見は誰かに譲ることで生きていた──譲らなければ生きていけなかったから────
「なぁ、〈春風〉と離婚できたんだったら……お前はもう1人なんだから……その、自分の思うようにやったらいいと思う」
「……それが、お前の思惑とは違うことになるとしても?」
「! ……俺はお前といたいから、その……お前が橋田の会社に行くのは嫌だけど……でも、その、もう『ただの同僚』じゃないなら、それは……」
「現金なやつだな」
「しっ、仕方ないだろ!」
お前に言われたくない、という表情をした佐藤が汐見にむくれた後、すぐに微笑む。
「で、あの……って、こと、でいいんだよな?」
「? なにが?」
「あ、あの……その、つ、付き合う……とかそういう……俺たちは恋人、って意味……で!」
顔面を真っ赤にしながら佐藤が言い募るのを、汐見は冷静に見つめていた。
「……付き合う、のか?」
「え!?」
「……お前と付き合うって…………セックスする以外で、今までと何が変わるんだ?」
「えっ?! えぇぇぇーーーっ!!」
「? そうだろう?」
「い、いや、そっ、かもっ! し、れないっ! けどっ!」
(し、汐見が、俺と『セックスする』って! そ、それはもう今後、合意! ってことなんだよな?!)
今更ながらに感動している佐藤を眺めながら汐見が感嘆する。
「お前、こんなに喜怒哀楽はっきりする人間だったんだなぁ……」
「そっ、それは、その……好きな人と両想いになれたんだったらそう、なるって……」
耳まで真っ赤にしながら佐藤が述懐するのを聞いて、汐見は苦笑した。
そして、一番気になって、今すぐ解決できることを佐藤に要求した。
「お前にさ、頼みがあるんだ」
「え? な、何?」
「あの部屋、見せてくれ」
「!!」




