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202 - 佐藤宅で(3)


 ◇◇



 汐見がシャワーから上がってくると、佐藤はリビングのソファに座っていた。だが、ローテーブルの上に置かれたビール缶は開けた形跡が無い。


「? 飲まないのか?」

「っ! あ、上がったのか!」

「あぁ、さっぱりした。飲むつもりで来たんだが、お前は飲まないのか?」

「っっ! そっ、そのっ!」

「??」


 佐藤が言いにくそうにしているのが理解できた汐見は、顔に疑問符を貼り付けながら空になった自分の空き缶を見やると


「っそ、そのっ! っあ、あの!」

「? なんだ?」

「お、っお前、はっ……! その、お、俺と……」


 尻(すぼ)みになっていく佐藤の言葉を聞きつつ、バスタオルで髪を拭きながらソファの隣に座った汐見が様子を見ている。

 その視線にすら顔を紅潮させてしまう佐藤が思い切って言い放つ。


「そのっ! の、飲むと……た、たたたたた」

「どうした? 落ち着け」

「たっ、勃たなくなるっ、んだ!!」

「!!」


 その言葉に、これからのことに思い至った汐見がようやく顔を赤らめる。


(それ、で……)


「……っき、気持ちわるい……っか?」

「……」


 さっきからどもりすぎている佐藤は、挙動不審を通り越して、完全な不審者に成り果てているが、その姿に汐見は少し安心していた。


(そうだよな……多分、佐藤がオレのこと、これまで相手にしてきた女性と同じように扱ったら、それこそ……)


 おそらく、社内での──仕事に絡んだ──甘々対応ぶりからすると女性に対してもそれ相応に甘い……冷静にキザなセリフの一つも吐くだろうと汐見は予想していた。だが、その予想とは真逆に、吃ったり、顔を赤くしたりと表情すらせわしない。


(こいつでも……)


 佐藤の新しい面を見たような気がした汐見は嬉しいやら気恥ずかしいやらで、自分にまで佐藤の気持ちが伝染してしまったように感じる。


「……お前、緊張してる?」

「!! ったり、まえだ!!」

「はははっ」

「っな! なんだよっ!」

「いやぁ……なんか、新鮮だなぁと」

「!! っお、お前はなんか……なんで、落ち着いてるんだよ!」

「……さぁな……」


 眩しげに慈愛に満ちた視線で見つめられている佐藤は、汐見のその表情に見惚れている。

 汐見は確かに先刻、『オレも、男は、初めてだ』とは言った。言ったが、そこに()()()()()()()()()()()()()()()、佐藤は知らない。


(男は……まぁ、()()()()()みたいなもんだ……)


 過去に──乱暴に奪われた初キスのことや──親友と思って裏切られた人間がいたことについては、いずれ話すことになるかもしれない。

 だが、それは今じゃない。


「で。どうすればいい?」

「!! っそ、そのっ!」

「?」

「あの……い、いやだったら、すぐ言ってくれ……」

「?」

「お前が……嫌がることは、絶対したくない……から……」

「!!」


(あぁ……やっぱり、お前は……)


 予想はしていたものの、自分の気持ちを最優先にして動く佐藤の気持ちに汐見の心が暖かくなる。


「その……手、握って、いいか?」


 佐藤の持って回ったような回りくどい言い回しに疑問を感じながら、先刻も店で握られた手を差し出した。


「……どうぞ」


 隣に座る汐見の両手の甲を、佐藤の両手が捕まえて


「っ……い、嫌なら言えよ?」

「? あぁ」


 汐見の手を取った佐藤は。


 そのまま汐見の左手に口元を持って行き……顔を俯けて……汐見のかさついた手のひらに ちゅ と音を立ててキスをした。


「佐藤?!」


 予想していなかった行動に驚いた汐見を見て笑いながら、佐藤は汐見の左手を自分の右頬に当てた。


「!!」

「……お前の手……こう、したかった……」

「!! っさ、佐藤……」


 佐藤は伏せがちだった目を開き、汐見の目を見つめたまま、愛おしそうに汐見の掌に右頬を擦り付ける。


「ちょ、さ、さとう!」


 『佐藤』しか言えなくなった汐見が一言も喋らない佐藤に戸惑いつつ、左手を引っ込めようとするが、捕まえたまま離さない。


 汐見の方が力はあるはずなのに、腰が引けている状態で左腕が上方に持ち上げられた体勢では力が入らない。


 今度は汐見の右手を取り上げて……自分の心臓に当てる。


 どくん! どくん! どくん! どくん!


 早鐘のような佐藤の鼓動が右手から伝わってくる。


「お、お前……」

「お前に拒絶されるのが……一番、怖い……」


(お前に嫌われるのが、怖い。でも、伝えたい。言葉だけだとお前は誤魔化すだろう。言葉で伝わらないなら、態度で、視線で、体で、示す。……それで、汐見に拒絶されたら……潔く……)


 佐藤が何を考えているのか正確にはわからないが、それでもその佐藤の気持ちは十分に汐見に伝わっていた。


「なんだよ、それ……キザすぎるだろ……」

「……いやか?」

「……」

「汐見……その……き、す……して……いい、か?」


 掠れた佐藤の声に、臆病な色が滲んでいるのを感じて、汐見は赤らんでる顔が、もっと赤くなるのを感じながら応えた。


「……やめろ、って言ったら、やめるよな?」

「! っも、もちろんだ!」


(う、受け入れる、つもりなんだ! 止まる自信はあまりないけど、でも! 汐見に嫌がられるくらいなら、今日は!!)


 今日ダメだと言われて明日もダメなわけではない。激しく拒絶されない限りはリベンジするつもりでいた佐藤が汐見のその発言に驚いていると


「わかった。いいぞ……」


 そう言って汐見が目を閉じたのを見た佐藤は、脳裏に桃源郷を見て。

 目を閉じた汐見の顔が、佐藤にはこれ以上ないくらい神々しく見えた。


(……いい、のか……本当に……)












◇センシティブなシーンは全面削除してます. 苦手な方も安心して次話にお進みください<(_ _)>


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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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