200 - 佐藤宅で(1)
──── 三人称視点<6> ────
佐藤が色々考えているうちにマンションに到着した。
「ここはオレが払う」
「え?」
言い出した汐見が財布の中からクレジットカードを出してタクシー料金を精算した。
「……次はお前が払えよな」
「!」
(次……! 次って?! )
汐見の真意に触れたような気がしたが、それはいつものようにスルッと佐藤のそばを通り過ぎていった。
佐藤はいつもの自分の家なのに、まるで初めて来たような気がするほど緊張していた。その内心を見透かされたくないとも思うが、でも一方で(俺の、本気を……知って欲しい……)とも思っている。
2人して佐藤のマンションを見上げ、汐見が先に歩き出す。
自分の家に来ているのに、佐藤には汐見の方が落ち着いてるように見えた。
(……ちょ、っと待てよ……)
佐藤は我に返って、思い出す。
(い、今……ナイ!!)
その事実に思い当たり
「しっ、汐見! そ、その!」
「?」
「ちょ、ちょっと、忘れ物! そ、そこのコンビニ行ってくる!」
「? 一緒に行くか?」
「い、いや、いい! その、あっ! 鍵! 渡しとくから! 先に!」
「おう」
店にいた時からのドキドキが止まらないのを自覚していた。佐藤自身は1年もそういうことがなかったため、無用になったソレらを、先々月くらい、箱ごと捨てたのを今更思い出したのだ。
(っあー! ま、まさか今日、こんなことになるなんて!)
自分の油断で汐見のそういう気持ちが削がれないことを祈りながら、小走りに店に向かった。
汐見は
(……急いで行ったな……鍵……)
渡された鍵を見つめながら、1人で佐藤の部屋に向かった。
汐見が佐藤の家に入ると、シン と静かな空気が流れていた。
靴を脱いで上がると、玄関から入ってすぐ左の『あの部屋』のドアを見て。
(……今度……本人の許可を得て……)
佐藤が素直に見せてくれるかどうかはわからない。もう一度見たいのは山々だったが、でも本人にちゃんと聞いてから、見せてもらおうと思った。
(……見てなかったら……佐藤の言ってること、本気にしなかっただろうし、な……)
汐見は、自分の心境の変化を他人事のように観察していた。
紗妃と離婚したばかりで、とか、昨日の今日で、とか、さっき返事したばかりで、とか、とにかく色々なことが汐見の脳内を駆け巡っている。
だが。
(……佐藤が本気なら……オレ自身、も……本当、なら…………それを、確かめたい……)
そう思ってしまった自分を、もう誤魔化せないと思った。
逃げるべきじゃないとも。
表には出さなかったが──佐藤が、自分に性的欲求を抱いている事実を目の当たりにして──汐見は動揺した。
だが、それと同時に安堵した。
本当に自分に欲情している佐藤を知って。
本当に自分が欲しいと、言葉だけでなく身体で訴える佐藤を見て。
言葉を尽くして言い募る、触れた場所から伝わってくる熱や、声や言葉が嘘ではないことがわかって。
(オレに、触れたい……と……)
好きな人に触れたいと、触れられたいという気持ちは本能だ。
だから、それに応えたいという気持ちもある。だがそれ以上に
(お前の気持ちと……オレの気持ち、は……本当に同じものなのか? それとも……)
まだ、自分自身の気持ちには半信半疑でいる。
同情で佐藤と『そう』なるのは嫌だ。
だが、佐藤ならきっと、自分が『違う』とわかった時点で、『嫌だ』とはっきり言えばそこで止めてくれるだろうという信頼と自信もある。
(佐藤は…………とは違う、から……)
佐藤には、曝け出して良いのかもしれない、そう思ったのだ。
(オレが……)
佐藤と同じなのか、そうでないのか。
佐藤に応えて、佐藤の希望する未来を選ぶのか。
(それとも……)
それら全部を
(やってみないと、わからない……)
確かめてみたいと思った。
ピンポーン と、自分の家なのに佐藤が玄関の呼び鈴を押した。
インターホンに向かった汐見が
「開いてる」
そう言うと、玄関のドアが開いて、閉まる音がした。




