194 - 佐藤と汐見(7)氷山(Side:佐藤)
──── Chapter 12 ー 佐藤視点(1) ────
話している汐見の顔を眺めながら俺は黙って聞いていた。
止めどなく流れていく汐見の頬を伝う涙を……隣に座って、抱きしめて、拭ってやりたい、と思いながら。行動に移すことなく耐えていた。
(……お前は……こんなに……)
これほどまでに人を想って泣くことができる汐見が羨ましい。
だが、自分も相手が汐見であれば、そうなったに違いないとも、思う。
(俺なら……お前を……こんなに、泣かせたり……しないのに……)
テーブルの上にはまだ注文したものが全ては来ていない。だから、テーブルには若干の隙間がある。注文の品を避けながら俺は汐見の手を掴んだ。
「佐藤……」
手の感触に気づいた汐見が俺と視線を合わせた。
目の前に俺がいるのに1人で泣いている汐見に、少しだけ悲しくなりながら笑いかけた。
「お前の、さ……そういう所が……俺は……」
「……」
なんて言えばいいのかわからない。
俺が想ってる100分の1も汐見に伝わらないと思う。
でも、伝えたい。
「お前は1人じゃない……」
「……」
「俺が、いる……だろ……」
この一言を絞り出すのがこんなに苦しいなんて。
だけど伝えたい。
お前には俺がいる。
言葉では足りない。
まだ返事ももらってない。
(だけど……俺がいる、俺が……お前の……)
「佐藤……お前……いい奴、だな……」
泣き笑いの顔になりながら汐見が言う。
その表情の意味の全てはわからない、けど───
「……違うよ、お前にだからだ……」
「?」
(そうだ。お前だけだ……)
「いくら俺がモテるからって、全員にいい奴なわけ……いい顔するわけ、ないだろう?」
「!」
俺が全員にいい奴を……いい奴ぶっていたらとんでもないことになる。
それがわかってるから、俺は汐見以外の人間に、特に異性に、勘違いされるような愛想を振り撒くようなことはしてこなかったし、これからも一切しない。
「……お前が……お前、だけだよ……俺がこんなに……」
握り込んだ手に力を込める。想いを込める。
(お前だけだ……お前だけなんだ……俺が、この世で欲しいと思うのは……)
その想いがどこまで、どれだけ汐見に届いてるかわからない。
だけど、伝えなきゃダメだ。言わなきゃダメだ。
(言葉なんて……言葉で伝えられるのなんて……)
誰かが言ってた。
言葉で伝えられるのは、伝えたいことの一部でしかないと。
氷山の一角に過ぎないと。
──半分にも満たないのだと。
だけど、それでも。
言葉で言わなければ、相手には伝わらない。
伝えて始めて、相手の心に入っていく。
相手の心に入っても、どれだけが届いているのか。
伝えた側にはわからない。
けど、それでも。
ちゃんと伝えなければ。
知って欲しいと、理解して欲しいと、受け入れて欲しいと、願うなら。
想いの全てが伝わらなくとも。
大事なんだと、お前が世界で一番大切なんだと、伝えなければ──
(ああ……そうか……言葉で……伝えきれないから、人は……)
その人に触れたいと思うんだ。
言葉では伝わらない巨大な何かを。
触れている部分から、その人に、伝わって欲しいと願って。
(汐見……お前に触れたい……)
触れた部分から──
(お前の……【心】に、触れたい……)




