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190 - 佐藤と汐見(3)ー 紗妃 - 1 -(Side:汐見)

   ──── Chapter 12 ー 汐見視点(1) ────


 オレは、佐藤と談笑しながら、笑い話にするつもりだった。


 笑い話にしようとして──失敗した──

 頬を伝う熱いものを感じる。


(オレ、佐藤の前で泣くの……初めてじゃないか?)


 やけに冷静な自分の声が頭の中で反響していた──


 思い出したくないのに思い出さないといけないことがあると、オレの記憶には砂嵐のフィルターがかかる。

 何かがきっかけで息苦しくなると、記憶と感情の入れ物に重い蓋が閉まっていくのを感じる。


 そういう時はいつも……ただ、黙って眺めていることしか、できなかった……



   * * *



 4日前────


 7月11日、週明けの月曜日、のお昼後。オレはスマホに着信を受けた。

 

『紗妃さんの病状が2日ほど安定しておりまして、本人が夫を呼んで欲しいと。汐見さん、今からこちらに来れますか?』

「は、はい!」


 原口医師から連絡を受けたオレは、外出準備に10分もかかることなく、タクシーで病院に向かった。

 精神科の療養棟の受付に到着したオレに、紗妃の病室を案内しながら原口医師は


「あまり時間をかけると紗妃さんの負担になりますので、手短にお願いします。あと……先に、もうお一方いらしてます」


 それこそ手短に伝えてきた。

 もう1人、という単語に疑問を感じながら病室に入ると──池宮さんが部屋の中の来客用椅子に座っていて……それと対面するような形で紗妃がベッドに腰掛けていた。


「汐見さん。すみません、紗妃と話す必要があったので、先に失礼していました」

「あ……はい……」


(池宮さんが、なんでオレより先に…… )


 所在なげに佇むと、池宮さんが立ち上がり紗妃に


「じゃあ、後でな。……大丈夫か?」

「ええ。秋彦兄さん、ありがとう」


 声をかけて、席を立った。すると今度は


「私は外の待合室で待ってます。原口先生も……その……ダメですか?」

「? 私は、立ち会う義務があるのですが……何か?」

「……夫婦の話になると思いますので……」


 思わせぶりな視線と同時に原口医師に投げかけた。


「……わかりました……紗妃さん、ナースコールのスイッチを握った状態でお話しを……できますか?」

「はい……」

「じゃあ、それで。汐見さんも」


 そういうと、原口医師は紗妃のベッドの、ヘッドボード横にくっついている別のナースコールスイッチを指差して


「何かあればすぐにコールしてください」

「「わかりました」」


 紗妃とハモるようにそう言うと、池宮さんと原口医師は部屋を出て行った。

 通常の病室とは違うのだろう。療養棟の個室の部屋は壁と壁との距離がそれほどなく、でも患者が快適に過ごせるようトイレまで付いていた。壁にくっつくように置かれたベッドの頭付近にテレビボードと一体化した棚があり、そこに少し大きめのテレビがあって、簡易テーブルと椅子、それにベッドの傍にはオーバーテーブルもある。

 どちらかというと介護施設に近いイメージだった。


「あなた……」

「紗妃……体調は……」

「……ええ、大分いいわ……よくなってる、と思う……」


 紗妃にいつもの輝くような若々しさが感じられず、一気に老けたように見えたのは、気のせいじゃない。

 その上ここ1年くらい感じていたピリピリした空気さえも、感じなかった。

 紗妃の動きは緩慢で、オレを見て


「そこに座って」


 力なく笑いながら、さっきまで池宮さんが座っていた椅子を指し示した。


「その……池宮さんも来るって、なんで……」


 言わなかったのか、と告げる前に紗妃は口元だけで笑みを浮かべた。


「……秋彦、兄さんには原口先生の許可を得て、私が直接連絡したの」


 紗妃の笑顔が、儚げに揺れた。


(直接連絡?)


 オレが不審な表情をしたのを察したんだろう。紗妃は続けた。


「……書類を……持って来て、もらおうと思って……私は……取りに、行けないから……」

「?」


 そう言って、紗妃はベッドの上に置かれていた大きめの封筒から一枚の薄い紙を取り出し、それをオーバーテーブルの上に置いた。


「これ……」

「! 紗妃!」


 それは────『離婚届』だった────






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▼ 他 掲載作品 ▼

君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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