187 - 出社(7)
◇◇
お昼のチャイムの後、汐見は呼び出された専務の執務室の前にいた。
ノックをすると「どうぞ」と、入室許可の返答があり「失礼します」と言いながら部屋に入ると
「おう!」
「!!」
先日会った誰かも一緒だった。
「なっ! はっ、橋田ッ!?」
「よ~っす。3日ぶり!」
「な、何で?!」
一瞬、状況が把握できなかった汐見が専務を見ると、にっこりと人の食えない顔をしたロマンスグレイが笑った。
「まぁまぁ、じゃあ、そっちに座ってくれ。あ、会席膳、幕の内で大丈夫だった?」
「は、はぁ……」
汐見が応接スペースを見ると、すでに低いテーブルには3膳、お昼が用意されていた。
「僕の行きつけのお店の品でね。仕出しもしてくれるって話だったから頼んだんだ」
「そ、その! なぜ、橋田が……」
「まぁまぁ、食べながら話しましょう! ね、北川専務!」
胡散臭さが極地に達しているニヤニヤ笑いの橋田を睨みつけながら、汐見が北川専務に質問する。
「橋田が来るなんて僕は聞いてません。どういうことですか?」
「それも含めて。食事をしながら説明するよ」
いそいそと真っ先にソファに座る橋田を横目に見ながら、礼を失しているのを知りつつ専務を睨む。
「その表情。誰もが黙る塩対応、かな?」
「そんなつもりはありません。質問に今すぐ答えていただけないのなら僕は」
「なぁ、汐見。短気は損気だぞ」
「……お前に言われたくない……」
「まぁまぁ。とりあえず、汐見くんも座ってくれ」
渋々といった感じで汐見は案内された席に座る。
対面左のソファに橋田が、対面右に専務が座った。
「この部屋で食事をするのは久しぶりだな」
「え? そうなんすか?」
「まぁ、頻繁にこういうことはないからね」
「頻繁に。まぁ、そうですよね~。俺は今回で2回目ですが」
橋田と北川専務がまるでツーカーのように会話をしている。蚊帳の外に置かれた汐見は会席膳に箸が伸びることなくただ聞いていた。
「……あの、辞表を出したと思うんですが……」
「ああ、あれね。ちょっと待って」
咥え箸をしている橋田を横目に、汐見が北川の姿を追う。北川がデスクに戻り、引き出しから何か出してきた。
「これね?」
なんの変哲もない封筒をヒラヒラとかざす。
「……そう、です……」
「まぁ、僕らもこれの話なんだよ」
「そうそう」
橋田までなんだか楽しそうな会話をし始めていて、先程のソファに戻ってきた北川を見ながら汐見が訝しがる。
(北川専務は良いとして、なんで橋田まで?)
「怖い顔するなって~。ま、お前に言ってなかったから、仕方ないけどさ」
「??」
「この人、俺の会社の大株主さんなの」
「えっ?!」
「そうなんだよ」
「あ、北川専務、これウマいっすね~。冷めてても美味しい料理は相当お値段が張ると思います」
「高かったよ、それなりに。まぁ、美味しい食事をしながらじゃないとね、こういう話は」
初めて知らされた情報に呆気に取られている汐見を置いてけぼりにして、橋田と北川が会話を続ける。
「い、いつから?!」
「んー、最初から」
「そう」
「な、なんで!!」
「んや、俺が退職したい、つったら、今みたいに呼び出されて、色々聞かれてさ」
モグモグと食事を食べながら言い募る。
「で、俺が会社興すって言ったら、出資したいって言われたの」
「お、おま! なんでそんな大事なことを!」
「だって、お前、聞かなかったじゃん」
「~~~~ッ!!」
「まぁまぁ、それはそうとして。で、汐見君、退職の意思は固いのかい?」
食えない人だと北川を睨みつつ、汐見が前もって準備していたことを述べる。
「そうです。僕がいなくても開発部が回るように引き継ぎを……」
「お前がいないと絶対回らねぇだろ」
即座に橋田が突っ込んだ。
「! だ、だからちょっと準備期間を……」
「その話でね、汐見くん」
「はい?」
橋田は不遜な態度で横にいる北川の顔を見ながら汐見に視線を返す。
「君ほどの人材を逃すほど、我が社も馬鹿じゃない。だから、提案をしたくてね」
「え?!」
「そうそ。俺のとこに来るのもいいけどさ、お前が今もらってる給料なんかぜってぇ出せねえから」
「?!」
「だから、うちの会社で……」
「え? って、ちょ、ちょっと待ってください、一体なんの話を……」
橋田は食べかけてたエビを置いて、汐見に向き直った。
「北川専務と話し合って、お前に【在籍出向】って形を取ろうってことになった」
「は、……い?」
「汐見くんは、当社に在籍したまま、橋田くんの会社で最新技術を学びながら働いてもらって」
汐見が目を白黒させて2人の顔を交互に見比べる。
「その上で、どういった技術と組み合わせてシステムを組むのか、組めるのか、それを具体的に見てきてもらいたい。その期間中は、当社に在籍しているものとみなしボーナスを含め今の給与の全額を当社が負担する。もちろん社保関係も当社が」
「ええぇッ?!」
汐見の反応を、してやったり、という顔で見ていた橋田は、胡散臭さを消して今度こそ健やかに笑った。
「俺としても助かるんだ。まだ上場どころの話じゃないから若い技術者しか抱えきれなくてさ。PMなんか雇えねぇしな。お前が来て、俺とまたタッグを組めば100人力だろ?」
「!!」
「我が社も最新技術を導入していかなければ、という話はここ数年、何度も出ていたんだ。だがその度に人員不足で立ち消えになっていてね。上層部とも詰めて、ちょうど良いんじゃないか、という話になったんだ」
「そ、んな……こと……」
「それに……ま、これは今の話じゃないな。まぁ、そういうことなんだよ。どうだね? 受けてくれるかね?」
「……」
汐見は突然の望外の申し出に唖然としていた。
だが、橋田と北川の笑顔には嘘が見えなかった。
そして──その日のうちに、汐見の橋田の会社への出向が決まり、早ければ年内。遅くても年明けに汐見が異動することが決定した。
高級幕内ランチを残さず平らげた橋田が、開発部まで汐見と歩きつつ
「ぃや~。よかった、よかった~。多分、期間内に海外出張もあるはずだから、そん時はよろしくな~」
「っおい! 橋田! お前オレに面倒なこと全部丸投げする気だろ!」
「あ、バレた~? あはははは。やっった~。汐見ぃ~、ゲットだぜ~!」
棒読みで橋田が喜びを示しているのをみて憤慨しているが、懸念していたことがまた一つ片付いた。
周囲の協力によって汐見は、肩の荷が少しずつ減っていくのを実感していた。
(……最後の問題は……あれ、だな……)
頭に思い描くその姿はいつも明瞭で。
(自覚した今だと……なんだか少し、変な感じだ……)
汐見にだけ見せる、佐藤のはにかんだ笑みが浮かぶ。
(……こんなきっかけでもないと……自覚したところで……な……)
面映さを感じる。
まだ解決していないこともあるが。
汐見の言いつけ通り就業時間中、1度もLIMEを寄越さなかった佐藤を褒めてやりたくなった。
終業時間まであと1時間。
佐藤は汐見の連絡を。
汐見は佐藤への報告を。
今か今かと待ち侘びていた───
11章:──── 三人称視点<3> ──── 終了
▷次話からの次章は、視点切り替えあり、です.
>【同一名】話の 佐藤視点 と 汐見視点 は同一時系列.
> 別名話 の場合、時系列も別です.
◆大変申し訳ありません、次章は最終章直前の章のため、視点移動が激しくなっております.
ご了承ください......<(_ _)>......
◇次章の展開が気になる、と思っていただけましたら──
・画像広告下にある薄いグレーの ☆☆☆☆☆ マークをタップして青い★マークにしていただけるとうれしいです.
▷こちらまで読んで(応援して)いただき、本当にありがとうございます……<(_ _)>……
あと2章ですので、休憩しつつお楽しみください......
 




