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184 - 出社(4)佐藤の想い


 汐見は佐藤の表情に潜む思考も感情も、何1つ見落とさぬよう、視線を佐藤の顔面に貼り付けたまま微動だにしない。


(あぁ……汐見は……疑ってる……なにか……俺を……)


 自分の中にあったずるさを引きり出そうとする汐見が、怖くて、苦しくて、切なくて、恋しくて……悲しい。


(こんなにも、お前を想って……こんなにも辛い……のに……)


「……すまん……隠すつもりじゃなかった……」

「……何ヶ月も前に知った時だけじゃない。お前、先々週、池宮先生の事務所に行く前、紗妃の話をしていた時だって話さなかったな」

「!! ……そう、だ……け、ど……」

「どういうつもりだったんだ? せめて、事務所に行く前に話してくれても良かったんじゃないのか?」

「!!」


 佐藤は、土俵際に追い詰められている自分を自覚していた。


 ここで汐見に正直に話すと、嫌われる可能性が高い。だがそれでも、ここで嘘をつくわけにはいかないとも思った。

 なぜなら今、嘘をついたわけでもないのに、佐藤の『聞かれなかったから話さなかった』という不実ふじつを、一番知られたくなかった汐見に指摘されている。


 これ以上、嘘《不実》を重ねれば、自分に対する失望をさらに上塗りして信用さえ失うだろうことを、佐藤は直感した。


「……知っていた……んだ……半年くらい、前に……他の男と……ラブホ街、歩いてた……」

「!!」


 汐見は、先週、北見専務から聞いた出来事を佐藤に確認して、それが事実だったということに目眩と同時に失望を感じた。


(オレは……また、裏切られたのか……?)


「でもっ! 聞いてくれ、汐見! 隠そうとしたんじゃない!」

「……じゃあ、どういうつもりだったんだ?」

「その! ……あの頃のお前は……ずっと残業ばっかで……言い出し、づらくて……」


 泣きそうになる涙腺を必死になって締める。


「……お前がこんなに、頑張ってるのに……!」


 あの時、懸命に仕事をする汐見を見て、張り裂けそうな胸を抱え──後悔の渦に呑まれた。


(ああ、そうだ。そうだよ……汐見……なんで……なんでお前、あんな女と結婚したんだよ……なん、で……)


「腹が立って……!」


(俺は、お前が〈春風〉のために頑張れば頑張るほど……!)


 ホテル街で見た紗妃の姿を瞼に焼き付けた佐藤が、煮えたぎる思いを抱えたまま会社に戻ると、無心に仕事をしてる汐見がいた。それを見て佐藤は……何も言えなかった。


「腹が立つ?」

「〈春風はるかぜ〉に」


 恋しい男の目の前で、初めて、佐藤は怨敵おんてきの名前を口にした。


()()()()?」


 汐見は心の中で不審に思った。その名前は妻の旧姓だ。佐藤はいつもなら


(『紗妃ちゃん』だろう?)


「……紗妃のこと? だよな?」


 紗妃のことを『ちゃん付け』で呼んでいたはずだ。


「……俺は……お前への気持ちを……抑えて……〈春風〉への気持ちを……」


 ぶつぶつと小さな独り言のように呟く佐藤に、汐見が


「? なに?」


 聞き返すと、水分を下瞼したまぶたに溜めた佐藤が、長らくつっかえていたモノを吐き出した。


「俺の中で……『汐見紗妃』は存在しない」

「は?」


 そう語る佐藤の面影に誰かが重なる。


『「みう」は潮の中にいる~~~』


(佐藤?! お前?)


 佐藤の目には汐見しか写っていない。だが、汐見はその中に暗い何かを感じた。

 今にもこぼれそうな佐藤の涙は佐藤の感情とともにあふれ出ようとしていた。


「俺が好きな! 俺が一番大事に想ってる『汐見潮』を奪った女なんか!!」

「佐藤?!」


 佐藤の目から涙が止めどなく零れ始める。


「ダメだ……汐見……ダメだったんだ……俺は……俺は! お前が好きで! どうしても! 諦めきれなくて!!」

「!!」


 紗妃と出会う直前、佐藤は汐見と両想いになれそうな雰囲気を感じ取っていた。

(勘違いじゃないはずだ、汐見も俺に気持ちがあるはずだ)と、そう思って。


 なのに、紗妃と出会ってしまった。


 佐藤の目の前で、汐見が紗妃に一目惚れしたのを見た佐藤は、自分の中にあるドス黒い感情を知った。


「お前と付き合い始めて、そばにいる〈春風〉を見るたびに俺は! 嫉妬に狂いそうだった! お前を独占できる〈春風〉がねたましくて!」


「さとう……」


 あまりにも非情な汐見の選択に。

 目の前で繰り広げられる心を抉る光景に。


 佐藤は数え切れないほど傷ついた。

 無自覚な汐見の言動に、何度も心臓を削られた。


「すぐに別れると思ってた! 男慣れしてる〈春風〉は絶対お前に本気じゃないって! そう思ってた! お前にもそう言いたかった! だけど!」


 紗妃に、自分と同じモテる人間特有の、人を値踏みするような、他者を見下すような本質を嗅ぎ取った佐藤は何度警告しようとしたかしれない。


 だが、その警告は一度として


「お前は……お前が〈春風〉を見る目が……もう、何も言えなかった……」


 実現しなかった。

 その当時、紗妃を批判することは、紗妃に惚れた汐見の感情を否定することだと直感したから。


「俺はお前がそばにいてくれるだけで良いと思ったんだ! だから! 欲しくもないのに彼女を作って! お前への気持ちを忘れようと!」

「……」


 汐見への執着を捨てるため、結婚願望も無いのに結婚相手を探した。

 外見だけでも可能な限り、汐見に似てる女性を。


「俺は、もう親友でいいと思ったんだ……思ってたんだよ……本当に……なのに……」


 汐見の、親友としてのポジションだけ確保することにして。


「〈春風〉は……俺と約束して……結婚したのに……お前、と……」

「佐藤……」


 汐見がこれからどうするのかわからない。だが、汐見に自分の気持ちを知られてしまった。その上で、汐見がもし……


「俺の、気持ちは……お前に言った……その上で……」


 自分を選ばないのなら


「お前の……恋人になれないんだったら……」


 佐藤はそんな最悪の事態しか想像できない自分が悲しくなる。


 汐見にまた『()()()()()()()()()()()()()』と言われたら、もう────


「もうお前のそばにはいられない。いたくない……もう無理……無理だ……」






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▼ 他 掲載作品 ▼

君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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