178 - 後日(10)ー 手がかり ー
下北沢は、元営業部だ。営業部にいた頃、それなりに良い成績を出していたらしい。
ただ、いつもやる気のない態度なのと、なかなか営業部に馴染もうとしない彼に佐藤も手を焼いていたようだが、その理由を知ったのは、沖縄での社員旅行の時で。
『おれ……本当は開発部希望だったんすよ……』と宣ったのだ。チャラくて情にチョロい橋田が絆されて、それ以降、何かと裏で世話していた。独学と言っていたのにも関わらず、下北沢は現役の新人を上回る技術力があったため、社員旅行の翌年には異例の部署移動までもぎ取ったのだ。
今では宴会部長の原田といいコンビだ。オレのチームになることは少なかったが、すっきりしたコードを書いていて、コメントもわかりやすい。
もともと理系出身なのに、なんで開発部希望で営業に配属されたのか聞くと『その年の新人でイケメンが少なかったから、って言われました』ということらしい。たしかに下北沢は開発部に置いておくにはもったいない部類のイケメンではある。上のやり方に少し不信感を抱いたものの、1年遅れとはいえ希望が通った下北沢は今では張り切って仕事をこなしている。
そして、世話になった関係もあってか、橋田ともよく飲みに行っていたようだ。ようだ、というのは佐藤からの又聞きだからだ。
LIMEで下北沢に連絡して数分後。
『汐見先輩、休み、長いっす。大丈夫っすか? てか、なんで橋田さんの連絡先知らないんすか?』と返ってきた。
(そんな返信は要らないんだが……)
思いつつも、だが、依頼する側としては配慮は必要だな、と思い、適当に送る。
『プライベートでバタついてて。それと、橋田、携帯変えたんじゃないか? 通じないんだ。お前知ってるだろ?』
『大丈夫っすか? 橋田さんと連絡とってないって、なんか……意外っす。オッケーです。ちょっと待ってください』
LIMEのIDナンバーが送られてきた。その後の一言に
『いちお、橋田さんにも、汐見さんから連絡あるかも、って伝えときます』
(……その連絡したら佐藤にバレるんじゃ……)
懸念はあるものの、そこで口止めするのも返って怪しまれるので
『ああ、じゃあ、頼む』と短く送った。
その後は、有給の延長申請のため、会社に再度連絡した。
(さすがに3週間休むのはまずいかな……でも何かあったらオレ個人の携帯に連絡来るようになってるし……)
いつもの受付嬢が出て、有給申請は受理された。
だが。
その数時間後、会社の代表番号からオレに電話が掛かってきた。
「はい。もしもし」
『汐見くんかね?』
「!!!」
オレは一瞬驚いた。
(その声は……!)
「は、はい! 北川専務!!』
『2週間休暇の後、再延長すると聞いてね。何かあったのかね?』
「え、と……そ、の……」
(まずい……上長から問い合わせが来た時のこと、考えてなかった!)
『いや、なに。体調不良? にしては長いと思ってな』
「は、はい……すみません……」
オレが逡巡しながら言葉を選んでいると
『それと……』
「はい?」
『たしか、先々週だったな?』
「?」
『君の奥さんあての……会社に来ていた内容証明郵便を渡したのは』
「!!!」
(そうだった! 専務に連絡しようとしてすっかり忘れていた!)
『どういう内容だったのか、報告をまだ受けていないと思ってね』
「も、申し訳ありません! 実はその……!」
(ど、どうする?! こんな突然連絡が来るとは思ってなかった! なんて……)
「そ、その……」
『奥さんの、浮気について、だったのかい?』
「えっ?!?!」
(な?! なんで?! 佐藤?! いや! でも?!)
北川専務の発言に動揺して電話口で固まっているオレの様子を知ってか、北川専務が続けた。
『知らないふりを続けるのも限界だと思ってね。佐藤くんから聞いたわけじゃないから安心してくれ。ただ……少し話しがしたいな』
「え!? あ、あの……」
(どういうことだ? なんで北川専務が? なんで紗妃のことを知って……!)
『電話で話すには限界があるな……そうだな、君、今日の夜、ちょっと出られるか? 都合が良ければ、だが……』
「あ、あの……!」
落ち着いた北川専務の声がスマホから響く。その声と沈黙に、気遣いのようなものすら感じる。
(だが、なぜ……)
ぐるぐると思考回路を回すがよく分からず、でも専務に逆らえるはずもなく
「わ、かりました……御相伴に与ります……」
そう答えるしかなかった。
『じゃあ、僕の行きつけのお店、LIMEに送っておくから。そこに7時集合で。あ、LIMEは変わってない?』
「はい……」
『じゃあ、また後で』
オレは突然の大物の登場に衝撃を受けていた。
ポロン とLIMEのメッセージ受信の音がして確認すると、以前、よく行く、言っていたバーが示されていた。
(なんで、北川専務が?! 一体、何を知ってるんだ……)




