177 - 後日(9)
◇◇◇
翌日、7月8日金曜日の朝。
とてつもなく目覚めが悪かった。
昨夜、電信柱に隠れていた佐藤の姿を思い出して眠りについたせいだろう。
先週木曜日に告白させた、佐藤の姿が夢枕に立った。
『好きだ、汐見……お前が、好きなんだ……』
悲壮な表情で懺悔のように告げたその言葉を、オレは予想していた。
『……ごめん……気持ち悪いよな……でも……』
『? 気持ち、悪い?』
『だって……お前は俺のこと、友人と思ってるんだろ……』
友人だと思っていた。はずだった。
親友以上で、家族未満で、その感情と状態をなんと言うのかオレは知らなかったから。
佐藤はオレと────
(恋人になりたかった、んだな……)
でもそれ以上に……佐藤は何も知らない。
(オレが……こんなに……)
『……お前は、オレを軽蔑しないのか?』
『え?』
『オレは……卑怯だろう……』
目覚めた時、瞼が少し重かった。寝ながら泣いていたんだろう。
オレが佐藤に『卑怯だろう』と聞いた時、佐藤はなんのことか分からないといった表情をしていた。
その中身を全て伝えるには、まだ……オレの心は何も片付いてなかった。
逃げるように佐藤の部屋を出て、結局、高校の時と変わってない自分を自覚して────
(加藤から逃げて……紗妃の逃げ道になれなくて……それで、佐藤と?)
こんなに卑劣極まりない話はない。
加藤を捨てて、今度は紗妃まで捨てようとしてる。
それなのにオレ1人だけ───
オレをここまで想ってくれる佐藤に応えて、オレ1人だけ、幸せになれるはずがない。
(オレはもっと苦しむべきなんだ……あのタイミングで、紗妃との間にあった夫婦としての情まで全て失ってしまったんだから……)
オレが佐藤を大切に思うことと紗妃と夫婦としてやっていくことが両立しないなら、オレは妻《家族》である紗妃を選ぶべきだった。
『君を、一生、守りたいんだ』
『? なにから?』
『君を苦しめる、全てから』
『……そう……私ね、家族を作りたいの』
『!』
『家族に、なってくれる?』
オレの不器用なプロポーズは柔らかい紗妃の言葉で受け入れられた。
それなのに……それすらも────
(……何一つ……オレは紗妃との約束を守れていないじゃないか……)
些細な違和感に気づかなければ、紗妃を第一に考えられただろう。
タイミングさえ良ければオレたちは夫婦に戻れたかもしれない。
紗妃と約束した。家族を作ると。
紗妃は誰かと約束したとも言っていた。
(でも……オレには種がない……)
なら、オレのこの願いを託すなら────
オレじゃなく、オレが最も大切にしたいと想ってる存在に────
(佐藤は……佐藤こそが、子供を作って、家庭を持って、幸せになるべきなんだ。あの容姿を受け継ぐ子孫を残して……種無しで、こんな強面のオレなんかと一緒にいたって、佐藤にはなんのメリットもないじゃないか!)
混乱している頭の中で、ようやく何某かの結論を導き出す。
(……紗妃とは別れる。オレは、仕事を……佐藤とも…………)
のそりと起き上がったオレは、橋田と絶対に繋がっているであろう下北沢に『橋田の連絡先を教えてくれ』と一言だけLIMEした。




