168 - 再会(9)
「……神奈川に営業に行くのは頻繁じゃない。月2くらいだ。懇意にしてる会社に行くのに急いでたから、近道になるラブホ街を抜けようと思ったんだ。そしたら……」
「……」
「あれだけ目立つ〈春風〉を見間違うはずがない。相手の男と腕組んで歩いて……汐見に聞いた話だと『紗妃はあまりスカートを履かないんだ』って言ってたのに……花柄のひらひらしたスカートを……」
「……まぁ、そこまでアレなら確定だわな……」
「……」
俺はその光景を見た時、混乱のあまり声をかけることすらできず、〈春風〉は俺に気づかないまま男と立ち去った。
頭の中に残った〈春風〉と他の男の姿を脳内イメージに焼きつけたまま会社に戻って、汐見に会って。
(あの時すぐに言えばよかったんだ……)
言えなかった。
無心に仕事をしている汐見を見て、汐見は〈春風〉のためにこんなに一生懸命働いているのに──汐見がいない時間を見計らって『〈春風〉が不倫してるぞ』だなんて……
「……で、それ、汐見に言ったのか?」
(汐見のためを思うなら、言うべきだった……)
「……いや……」
「……今更言ってもどうしようもないけど……なんでその時に言わなかった?」
手元のグラスに視線を落としながら俯く。
「その時に言ってれば、まぁ、色々起こらなかったんじゃないか?」
「……」
まさにその通りだからこそ、俺は橋田に答えることができなかった。
(あの時に……言っていれば……)
俺が色々考えてると、橋田が
「まぁ、お前の中に狡い算段があったことは否定できんな」
「!!」
「〈春風〉が不倫してて、いずれそれが汐見に発覚したら離婚するかもしれない、そう思ったとしてもおかしくない」
「!!」
俺の浅ましい利己主義な本音をピンポイントで指摘した橋田に驚きつつ
「お前の状況なら……俺もそう考えたと思うし、迷っただろうな。それに……もう今更、お前を非難できるようなことじゃねぇだろ」
「……」
だが、橋田も、同じように思ったと言ってくれたことに少し安心した。
俺たち2人は各々、空になったグラスを眺めながら──
「そもそも……結婚して1年ちょっとで不倫して1年継続してるって……非難されるべきは、お前じゃなくて春風の方だろ」
「……そう、か……」
「それに、春風と汐見が結婚するよう手引きしたのはお前だって汐見から聞いたぞ。……恋敵なのにさ」
「……それ、は……」
(それは……鎌倉で約束したからだ……〈春風〉と……)
「まぁ、状況は変化するものだし、お前の汐見に対する気持ちが変わらないままなら、もしかしたらワンチャンあるかもしんねぇぞ」
「? ワンチャン?」
一瞬、橋田の言う『ワンチャン』の意味を測り損ねて問い返す。
「おい~……お前、ほんっと、今日はぼーっとしてんな」
「……すまん……ちょっと……キャパ限界で……」
「まぁ、お前が思う以上に、汐見はお前のこと気に入ってると思うし……」
橋田が考えながら話しているようで、左手で捕まえたグラスを見ながら話す。
「春風の不倫現場を見たことを言わなかったのはちょっとアレだが……でも不倫してる春風より……不倫現場を目撃してそれを報告しなかったお前が糾弾されたりしたら……ちょっと汐見を疑っちまうな」
「そう……か?』
俺は汐見にすら告げてない事実を橋田に話したことでようやく肩の荷が下りたような気がした。
「ま、なんつうの。なるようにしかならんが、お前が考えてるほど悲観することはないと思うぜ」
そう言ってくれた橋田に安心しつつも、俺はまだ一抹の不安を抱えていた。
(せめて……返信があれば……)
その後、橋田と俺は──汐見に関すること以外の──近況報告をしたりして、その夜を過ごした。
9章:──── 佐藤視点<2> ──── 終了
▷次話から汐見視点です.
>少し重めな【きっかけ】あたりは一気読みをおすすめします…
◇次章の展開が気になる、と思っていただけましたら──
・画像広告下にある薄いグレーの ☆☆☆☆☆ マークをタップして青い★マークにしていただけるとうれしいです.
▶︎ここまで読んで(応援して)いただき、本当にありがとうございます<(_ _)>……




