015- 悲しき鳥 ー紗妃ー(3)
「紗妃?」
「……わかってた……わかってたの……」
「紗妃? 大丈夫か? 中を、見ても?」
「……」
黙ったままでいる紗妃の沈黙は了承だった。
オレは、椅子から立ち上がると、その手紙を拾って中身を確認し──
『 通 知 書
汐見 紗妃(旧姓:春風)殿
当方は、吉永 隆(旧姓:三浦)の妻、 吉永 志弦(以下、甲とする)の代理人・弁護士法人アライバルステージの代表弁護士・大石森 五朗と申します。
汐見紗妃殿(以下、乙とする)、貴殿は4年前に不倫解消に関する合意書を締結したにも関わらず、甲の夫である吉永 隆(以下、丙とする)が既婚者であることを知りながら、平成○○年○○月から今日に至るまで、丙と不倫関係を継続していました。
妻帯者と不倫関係を継続することは、妻・甲の権利を侵害する重大な不法行為であることを知りながら乙はその行為を是正することなく継続し、その行動は軽率かつ極めて悪質であると判断いたします。
貴殿の不法行為によって甲が被った精神的損害への慰謝料として、甲所有の会社が丙・親族経営会社へ融資済みの金銭の半額を貴殿にも請求することといたしました。
なお、甲の夫・丙に対しては、すでに離婚調停を申し立てており、貴殿と同額を請求しております。
つきましては貴殿に対し、慰謝料及び損害賠償として 金参千万円 を請求いたします。
本書の到達後、10日以内に、下記口座に振り込まれるようお願い申し上げます。
五菱銀行 丸々支店
当座預金口座 口座番号:○△□○△□
口座名義人 弁護士法人アライバルステージ法律事務所
なお、本書到達後10日以内に貴殿から慰謝料の振り込みがなく、かつ、支払い方法の提示もない場合、法的措置へと移行させていただきますので、ご了承ください。
平成○○年○○月○○日
東京都○○区~~~~
代理人 弁護士法人アライバルステージ法律事務所 弁護士 大石森 五朗 』
「?! 紗妃! これは……!」
「……」
声もなく泣き出した紗妃になんと声を掛ければいいのかわからなかった。
「さん……ぜんまん、って……!」
(ふりん……! さん、ぜんまん……!)
オレの脳内ではその二つの単語が真っ黒いモヤになって渦巻き始め、オレは残り二枚の文書を急いで確認した。
その時 スルっ と、フルカラーの小さな紙が手元を滑って床に落ちた。
拾い上げると──どこかのおしゃれな明るいカフェガーデンで、紗妃が知らない男と共に裏ピースしている写真──
見たことがないくらい幸せそうに笑う笑顔の紗妃……一緒に映っている男の腕には高級そうな腕時計が写り込み……
(吉永……隆……)
自分の今目の前にいる愛する妻と、不倫している男────
その実存在を突きつけられたオレはもう心と頭がぐちゃぐちゃだった。
──だが、今すべきことは山ほどある────
そう思い直したオレは、紗妃の顔を極力見ないように、背を向けて他の書類を確認した。
紗妃への想いと男への怒りと嫉妬。オレはきっと怨念じみた表情をしているに違いなかったから……!
確認した文書はあと2通。
1つは 不倫関係解消の【合意書】
もう1つは【夫婦間契約書】
どちらもコピー。
【合意書】の内容は、紗妃と既婚者の男の名前で不倫関係の解消に関する事項が書かれ、末尾には紗妃の旧姓と、不倫男の名前が連名で書かれて押印されていた。
【夫婦間契約書】の書類には、先の通知書で乙・丙と書かれた夫婦が連名で署名し押印されている。
両方の書類はご丁寧に、どちらも【公証人役場】という付記まで明確に記されていた。
それは……法的効力が確実な書面────
強制執行も辞さないという、強い意思を伝える公文書だった────
※「通知書」のリサーチは行っておりますが、作者は法律の専門家ではありません。実際の文書がこのような文面になるかどうか専門家の監修はなされておりません。
※あくまでもフィクションとしてお楽しみください。




