165 - 再会(6)
「俺では説得できない。だからお前から今の会社を辞めるのは得策じゃない、とかなんとか言って……」
最後の言葉は自分でも情けないほどしどろもどろだった。
「……バカかお前は。俺に塩を送っておいて、なに言ってんだ」
「わかってる。わかってるけど……!」
「……汐見、なんて?」
「なんか……新しい技術をどうの、とか言ってた……」
「はぁ~~~……」
「俺は、わからないから……」
「お前の気持ちがバレた? んで告白した? んだろ?」
「あぁ」
「それで、磯永を辞めるって?」
「わからない……転職の話は告白する前で……バレたのがいつだったかは……わからなくて……」
しおしおと語尾が小さくなっていくのを自覚しつつ、それでも言わなければ、と思って。
「告白した後、から連絡は……なにも、ない……」
「お前な……」
今日、会って何度目かわからない橋田の「お前な」を横で聞きながら俺は思いっきり沈んだ顔をしていた。
「……汐見から俺に連絡が来たら、俺は相談に乗る」
「!」
「どういう相談かわからないけどな。だけど、転職に関しては俺はいいと思うぜ」
「お、お前っ! 何だよ! それ! 俺の味方してくれるんじゃないのか?!」
「お前な……まぁ、いい。……あいつは根っからの技術屋だから、今のこの業界の状況を知ってる。もっと自分を試したい、とか思ったんじゃねぇの? そういうこと、言ってなかったか?」
「!!」
(なんで……わかるんだ……! やっぱり、俺じゃぁ……)
「お前、汐見のこと好きなのに、そこはわかってやれねぇの?」
「……」
俺の内心はぐちゃぐちゃだった。
汐見本人のことを考えるなら、汐見は自分のやりたいことをやった方がいい。
生真面目で誠実で頭の回転も速い汐見のことだ。必ず成果を出してそこでも出世することは目に見えている。
そして、きっと──
(もう……俺との接点も……なくなる、んだ……)
「あいつが自分の夢を叶えようとしてるのは応援しないのか?」
「!!」
汐見の願いを叶えることと俺の願いを叶えることは両立しない。
なら、どう応援してやればいいんだ。
「俺だったら……付き合いの長い……親友くらいに思ってる同僚には、自分の進む道を応援してもらいたいけどな」
「!!」
ぐびっとグラスに残った酒を飲み干すと橋田は笑った。
「ましてや、お前、汐見のこと大好きなんだろ? なら尚更じゃね?」
「そ、れは……」
(わかってる。わかってるけど、でも……)
「汐見の転職に反対する理由は?」
「……会えなくなる、って……」
「は?!」
俺は恥を忍んで橋田に吐き出した。
「お、同じ会社じゃなければ、今みたいに会う口実が減るし……! 平日はほとんど1日会社に居るのに……休憩の間だけでも汐見に会えるのに……それがっ……!」
「っは~? ……お前さぁ、馬鹿なの?」
「んなっ! なんでだよっ!」
俺は、突如、橋田に馬鹿にされて瞬間的に怒りを抱く。
「あのな。社内恋愛って大体禁止されてるって知ってるよな? 結婚でもしたら、同じ職場に勤めることすらできねぇよ。なのになんでお前が同僚でいることにこだわるんだよ」
「そんなこと! わかってるよ!! 夫婦ならいいだろう! 同じ家に帰ったら一緒にいられるんだから!」
「……よくわからんなぁ……なに、お前、実は四六時中、汐見のそばにいたかったの?」
「当たり前だっっ!!」
噛み付くように言い放つと、橋田が一瞬引いた。
「……即答かよ……ってか重すぎ」
「な、なんだよ、重すぎって!」
俺は本当に、本当に心の底から橋田が羨ましかった。妬ましかった。
できることなら橋田に成り代わって、会社にいる間中、汐見のそばで同じ仕事を一緒にやりたかった。
「う~~ん、お前の感覚を俺は理解できないけど……ってかそれ、多分汐見も理解できないと思うぞ」
「どういう意味だよ……」
理解できるできないじゃないだろう。そもそもお前、汐見じゃないんだから。
「あいつ、多分、お前のことも大事だけど、1人の時間も大事、ってタイプだぞ」
「!! し、知ってる、よ……」
(それは……知ってるし、わかってる……でも……!)
「ふ~~ん……こんな見た目して、佐藤って案外、恋愛依存体質なんだな」
「!! くそっ! わ、悪いかよ!」
「悪かないけどさ。意外だな、と思ってさ」
「……」
こいつに話すといちいち内面を覗かれているような気がして嫌になる。
飄々としているくせに人間観察の目は確かだからだ。
「んーと……んで、なに。お前は汐見に振られる前提なの?」
「……なんで……」
「だってさ、振られても同じ会社にはいてほしい、会社でだったら会えるから、って聞こえるぜ、それ」
「……そう、だよ……!」




