161 - 再会(2)
俺は目の前に置かれたオールドファッションドをちびっと飲んでから
「……なんか……知らない、けど……写真、見られて……」
「? 写真?」
「これ……」
そう言うと、酔いも手伝って恥ずかしさが消えていた俺は、問題の【写真】を橋田に見せた。
「!! ……っあ~……これはアウトなやつだ……って、女子高生かよ……」
どう見ても、その写真には俺の汐見への執着しか見えない。
そんな写真を、「冗談で撮った」と言ったとして、汐見が納得するとは思えなかった。
自分でもそれがわかるだけに隠して持ち歩くことさえできなかったくらいだ。
なのに──
「見られた、って?」
俺はどこから説明すればいいかわからず、とりあえず、先週木曜日からのことをざっと話した。
〈春風〉が不倫していたこと、そのことで不倫相手の奥さんから慰謝料請求の内容証明が届いたこと。それを見て夫婦で揉めて……汐見が〈春風〉に刺されたこと、入院している病院でのこと。退院後、数日俺のマンションに泊まっていたこと、など諸々。
詳しい話をすると時間がかかりそうだったため適当に端折ったが。
すると聞いている間、橋田は目を白黒させて、最後に。
「……そんなで美味しいタイミングで、よく……」
「美味しいってなんだよ……」
「美味しいシチュエーションだろ。弱ってる汐見を甲斐甲斐しく世話して? 一緒に寝泊まり? 美味しい以外の何者でもない」
「俺だってそう思ってたよ……」
そう言った後、橋田は自分のオン・ザ・ロックスを少しだけ飲んで手元のグラスをじっと見つめていた。
「で? どうなったんだ?」
「……どうも、ならない……」
「は? なんで?」
「……汐見が……『少し時間が欲しい』って言って……」
俺は言葉に詰まる。
汐見の言う『少し』って1週間なのか、2週間なのか、1ヶ月なのか。それともそれ以上──
(まさか……このまま居なくなるってことは……)
最悪の事態が起こる予測をして、俺は戦慄していた。
汐見のあの、落ち着いた低い声を聞くだけでいい。
姿を一眼見るだけでもいい。
でもできるなら──
近くにいて汐見の高い体温を感じて、うっすらと香る汐見の匂いを嗅ぎたい。
(匂い嗅ぎたいって言ったら引くよな……)
付き合えるはずがないんだから、そう思っているだけだ。
だがもし、汐見が俺の前からいなくなったら──
考えるだけで気分が悪くなる。
汐見が俺の前からいなくなることなんて考えられない。
部署は違っていても同じ会社で働いていて、いつでも会える。
だからこそ、俺は仕事だって頑張っていた。
(今週は屍だった…………)
俺には汐見しかいないのに、汐見は〈春風〉と結婚して──
俺の様子を伺っているような気配のする橋田が聞いてきた。
「で。告ったのか? ちゃんと」
「……言った……けど……」
「返事は?」
「……もらって、ない……」
「返事……くれるって?」
「……わからない………」
俺は、告白する前に汐見に言われたことを思い出した。
『お前のその感情は【刷り込み】だ』
(刷り込みって……あれ、は……その後、なんて言ってた?)
『お前……同性愛者じゃない、だろ?』
(……俺がはっきり言う前に、言ってた……)
その後も。
もうすでに汐見は俺の気持ちを悟ってた。
(あの写真……を、見た……だけ、で?)
その後──
『……ちょっと勘違いしてるだけだ。……オレがいつもそばにいるから』
(勘違い……男同士で、いつもそばにいるから……それだけで勘違い、するか?)
俺と汐見の距離が近すぎて、他の同僚からも冗談混じりに嫁とか婿とか言われたりしていたこともあった。
俺が自分の気持ちを自覚してからは少しドギマギすることはあっても、そういった事実はなかったからなんとか平静でいられた。
汐見もそうだと思う。
いや、汐見に至っては完全にそんな気はなかったはずだ。
(【同性愛】じゃない、と思う。わからないけど……他の男と寝れるか、って言われると無理だ。そもそも男とか女とか以前に、俺はもう汐見にしか勃たない)
でも、その、1人にしか気持ちが向かない、そういう感情? 愛情? 友情?
その人にしか性的な欲求を感じないという、そういったことに、俺は不思議な感覚を抱いていた。
その感覚や感情に何か名前があるなら知りたいくらいだ。
元からそうだったのかと言われるとわからない。
完全に『諦められない』と自覚したのは1年前のあの日。
(あの時──俺には……こいつしかいない。やっぱり、汐見が欲しい、って思ったんだ……)




