155 - 決戦の日(6)
「当初……退職した後の紗妃さんを監視することに私は反対したんです……ですがその当時新しく役員になった1人から、よくない傾向だと警告されて」
「? 警告?」
「えぇ……『不倫は既婚者の嘘で成り立つ行為。何人もの女性を虚偽の言動で操作するような人間は道徳観念が欠如している可能性が高く、今後、不倫以外の悪徳に手を出すだろう』と、言われたのです」
「どういうことです?」
「……私も、夫が不倫だけ、せいぜい私的な……許容範囲内なら放置しておいても良かったのです」
「?」
「……総務の経理主任、つまり、当社の会計事務の処理をしていた40代の女性に近づいて……」
眉間に指を当てて、志弦は続けた。
「当社の金に手を付けたのです。被害総額は4千万」
「「?!」」
「……新しい社外監査役を選任した前期の会計監査で発覚しました。告訴すべきだと訴える他の役員を大石森先生が抑えてくださって……」
監査役とは会社経営の業務監査や会計監査を行うことにより、不適切な業務執行がないかを調べ、それを阻止、是正する機関の事だ。
会計監査とは、会社が作成した財務諸表に対して、公認会計士または監査法人が行う監査のことである。
大石森が代弁する。
「刑事事件になると警察沙汰になる。役員が業務上横領罪に問われることになれば、どこからか情報が漏れて報道に乗る。そうなると飛躍途上のYGDC社の甚だしいイメージダウンにつながる。それよりも、可能な限り被害額を返還させ、今後、彼が当社に戻れないようにしたほうがいい、と彼を外した役員が全員一致で可決したのです」
業務上横領罪とは仕事上、会社から預かって管理している金品を無断で着服し私的に使用することであり、発覚し、告訴されると刑事罰を喰らう。
「……社からの事実上の放逐」
汐見がその事実を呆然と呟く。
「と同時に、私も彼と縁を切ることが可能になりました」
それを聞いた池宮がすかさず指摘した。
「……それは……社長がYGDC社と結託して吉永隆氏を追放するために仕掛けた罠ではないんですか? そうだとすると、ここにいる汐見さんだけでなくその妻である不倫していた紗妃さんも巻き込まれた被害者と言える」
紗妃がYGDC社の隠された意図《罠》に嵌り、そのことによってYGDC社が本懐を遂げたのであれば、紗妃は被害者も同然ではないのか? と。
「罠……そう捉えられるかもしれません。……ですが、紗妃さんは入社前から隆と関係があり、また、業務上横領そのものはその辺り、つまり4年前から継続されていた」
「「……」」
はぁ……と志弦が大きく息をつく。
「汐見さん。紗妃さんは今から2年前、あなたと入籍して1年くらいは大人しくしていたんです。夫が連絡を取っても返信がなかったくらい。ですが……」
少し黙ってしまった志弦を汐見が訝しげに見ると
「1年くらい前からまた、密会が始まってしまった」
涼しげな目元で汐見を見つめ返す視線には冷たい何かがあった。
「夫と紗妃さんの密会……不倫自体はいつものことだったので……また始まったのか、と思っただけでした。でも、不倫再開から横領の額が徐々に増えていった……」
「……そ、れは……」
汐見はなんと言えば良いのかわからなかった。
「……こんなことを聞くのはマナーに反するかもしれません。ですが、お答えいただけるのでしたら。1年前、紗妃さんに何があったんです?」
「!!」
 




