154 - 決戦の日(5)
「宝飾店やブランド店、ビスポークの服や靴店など……いわゆる贅沢品しか置いてないお店の利用金額を過去4年分、全て洗い出してみたら、3千万強でした」
「!! ……そ、それは、融資した金額とは別に?」
「ええ、それとは別に」
「……」
質問した汐見と池宮が呆気に取られていると、大石森が右手でオールバックの前頭部をカリカリと掻く。
「こう言ってはなんですが、隆さん……志弦さんの夫の隆氏は愛人にお金を直接渡すような人じゃなくてね。なので、逆に足がつきやすい。おかげで今回は助かったんですが」
「ホント、そういうところがおバカなのよね」
「な、なんで足がつくようなことを……」
志弦は皮肉っぽい表情を混ぜたまま、またしてもニッコリと微笑んだ。
「お金を渡しちゃうと、相手が何に使ったかわからないでしょ? 高級品を贈ると自分が買ったものだとすぐにわかるし、身につけていると感謝されてる気持ちにもなって気分がいい。愛人たちが自分が買い与えたものを身につけたり持ち歩くのを見るのが趣味だったの」
「……」
汐見は絶句してしまった。愛人を抱える金持ちの本当の意味で悪趣味だ。
吉永隆は、愛人に買い与えた物を彼女たちが身につけたり持ち歩いているのを見ることで、彼女たちが自分の所有物であることを都度、確認していたということだ。
そしてそれは紗妃も──
(オレと出歩く時には着てくれない花柄のフレアスカート、お洒落な場所に行くときだけよく履いていた赤いパンプス……あの時はそれに……初めて見たバッグが……)
先々週の木曜日に起こった出来事を走馬灯のように思い出してしまった汐見は
(き、もち、悪い……)
込み上げてくる嘔気を感じ始めていた。
「こういうことを言うのは大変失礼かと思うのですが……」
「?」
「……隆は離婚したとしても、紗妃さんと結婚するつもりは毛頭ないと思いますよ」
「え?!」
「そもそも離婚するつもりがなかったと思います。私の夫業やってるほうが遥かに楽だし、金回りも都合もいい。……別居してからは、30代の一般女性のアパートに転がり込んでヒモみたいに生活してるようですし」
憐れむような表情を見せる志弦が汐見に
「最近、遊び仲間と会う度に連れ歩いて自慢してるお相手は、170cm近い長身の女子大生モデルのようですから」
最後通牒を言い渡した。
しん……となってしまったその場の空気は居心地の良いものではない。
気分が悪くなり始めた汐見が目を閉じて吐き気を堪えていると、隣にいる池宮が
「よしんば……3千万が4年の間に愛人に使われていたとして……それを4人の愛人に請求し、さらには離婚予定の夫に対しても請求するのは二重取りどころの話じゃない。不当利得に当たるのでは?」
不貞行為の慰謝料は、配偶者から十分な慰謝料が支払われた場合、原則、不倫相手に対して二重に慰謝料を請求することはできない。不当利得とは法的に正当な理由がなく得た利益のことだ。
つまり、法律上受け取る権利がないにもかかわらず、利益を受け取ろうとしている志弦の要求額が不当なものではないのか、と池宮が疑問を投げると
「ええ。ですから、とりあえず内容証明郵便を送付させていただいたのです」
それに答えたのは大石森だった。
「愛人の方の4人のうち、どなたから反応が返ってくるのかわからなかったですし、裁判になるよりも交渉になるだろうということは想定の範囲内でしたので。そして──他の愛人3人のうち、現在同居している女性以外からの連絡が取れ、すでに想定額を回収済みです」
志弦が汐見に視線を合わせてきた。
「紗妃さんは……4年前のことですが……当社に勤務していましたので、他の従業員からの通報があったのです。私は気づいていて放置していたんですけどね。他の従業員から通報されてしまったのでは、さすがに無視できず……懲戒解雇を予告して。ケジメは必要だと思ったので」
「紗妃は……『勧奨退職だった』と……」
いわゆる【見せしめの意図】もあったのだろう、と汐見と池宮は感じた。
「ご存知でしたか。そうです。ですが……再就職先である汐見さんもいらっしゃる会社が……吉永の息がかかってることは、ご存知ではなかった?」
「は?!」
「吉永。磯永。……50年前に吉永家から分家した者が興した会社です」
「!!」
「もちろん、磯永は吉永の子会社でもなんでもありません。ですが今でも販路や技術提携などで良くしていただいているのです」
「じゃ、じゃあ、紗妃の再就職は……」
「もちろん、こちらでお膳立ていたしました。彼女は気づいていない様子でしたが」
(……最初から……オレが紗妃と出会った時から、この人は紗妃を泳がせて……!)




