146 - 覚醒(3)
じくじくと脇腹の痛みが主張してきて、次いで
ぎしりと胸の奥にある古傷が痛む音がして
じわりと目元に熱いものを感じた。
「そうか……オレは……」
知らないうちに、オレの目から熱い水滴が零れていた。
(あの時、オレは……悲しかったんだ……)
ようやく気づいた。
加藤から向けられた好意だと思っていたそれは、オレが感じていたのと同じ淡い友愛の情ではなく、オレを利用しようとした征服欲で───
オレはそれを、受け入れられなかった。
そして、それを加藤は、弁解しなかった。
あろうことか、父親の前で反論することもなく、オレが無様に糾弾されているのを、ただ黙って聞いているだけだった。
一言も……ただの一言も、オレを庇うことなく……
(セイジツ、じゃなかった?)
「そうだな……あの時の加藤には、自分だけ……自分しかいなかった……」
加藤は、自分の気持ちをオレに押し付けて、オレに強要して……
オレを支配したかっただけだったのかも、しれない──父親のように──
「それは……多分……」
(チチオヤノシハイカラノ、トウヒ)
「……だろう、な……」
(カナ、しぃ……)
(あぁ……悲しかったな………………辛かった、な…………ごめんな……)
少しの嗚咽をしゃくり上げると、目元に溢れた涙を、かぶっていたシーツで拭った。
15年以上も前の出来事に涙を流している、自分の中にいる小さな自分を慰めた。
その涙で何かが浄化されていくのを感じていた。
「……訣別、だな……」
(ナニニ?)
「オレ自身の固定観念に……」
オレを、手段として扱おうとした加藤。
その加藤の動機と明らかに異なっているのが──
(……ソレハ、サトウノコトト、カンケイアルノカ?)
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……でも佐藤は……」
(サトウハチガウトオモイタイノカ。サトウト、ドウナリタインダ)
「……加藤は、オレを自分のために利用しようとした。……だけど……佐藤はオレに何も要求してこない…………」
加藤と佐藤の好意に同質のものを感じるが、根本的に何かが違うと思うのは
(そうだ……佐藤は、何も求めなかった……)
佐藤の好意は……好意に基づく行動は……
無償とは言えないかもしれないが、ほぼそれに近いほど自然で……
オレが佐藤から向けられる恋愛感情に気づいてすらいなかったくらいだ。
細心の注意を払い、思いやりを持って……
(オレのことを……第一に思って……行動して、いる……?)
佐藤がオレに好意を抱いていること自体を、オレが不思議に思うくらい、何もない。
何も、なかった。
(……どうして、行動しない……?)
仕事なら、営業トップとしての成績を維持するためにも真っ先に、迅速に行動するくせに。
(会社の外でつくった彼女たちにも……)
『フィーリング? でいいな、と思ったら声掛けてるだけだ』
獲物を狩るようにさらっと言ってたくせに。
(なんで、オレに対してだけ……なんの行動も、言葉も、くれないんだ……)
「いや……」
佐藤は言っていた。
『気持ち悪いよな』と。
(…………怖かったのか…………オレみたいに…………)
オレが自分の醜い過去を佐藤に知られたくないように。
佐藤は、自分の気持ちをオレに知られることで『男同士で付き合えるわけない』と言ってるオレに、拒絶されたくなかった、のだろうか。
(拒絶…………加藤のときは……恐怖、を感じて……)
逃げた。
だが、佐藤の部屋の大量の写真を見ても──
(気持ち悪いとは……怖いとも……思わなかった……オレ、は……)
どうしてオレなんだ? とずっと自問自答していた。
なんで今更? とも。
オレじゃなくたって、お前には相応しい女性がいて、輝く未来があって……と。
だが──
(それ以上に……オレは……)
あの写真を見て、あの部屋にある大量の自分の写真を見て
(佐藤がオレに……切実な好意を抱いてくれていることに……)
写真がオレに訴えかけてくる声に
(……安堵した、んだ……)
あの部屋に入って混乱していたあの時に感じ取れなかった感情が、記憶とともに蘇る。
そして、オレは、暖かいものを、心臓と、瞼に感じた。
(オレは……こいつに、必要とされているんだ、と…………)




