013- 悲しき鳥 ー紗妃ー(1)
ガチャ、バタン!
パタパタパタ と足音がして ド。と何かを置く音。
がさがさっ……と買い物袋の音がした。
オレはそっと書斎を出て、リビングにいるだろう紗妃を覗きに行った。
買い物袋を食卓テーブルに置き、食卓テーブルの椅子に座ってつっぷしてる。
(頭痛か?)
パチっと音を立てて照明を付けて声をかけた。
「紗妃?」
ガバっという音がしそうなくらい勢いよく跳ね上がった紗妃が
「!!! あ、あなた?!」
目を丸くしてオレを見た。幽霊でも見ているような目で。
「……お帰り。……大丈夫か?」
怪訝そうに紗妃の表情を見る。少し薄暗くなったリビングで気分悪そうにしていたのが気がかりだ。
「た、ただいま……ど、どうしたの?今日はとても早いのね?」
「あぁ、ちょっと早めに帰るように言われて……」
「え? どうしたの? 気分でも悪いの?」
(それは君の方だろう?)
言い掛けたオレは、改めて紗妃の格好を見た。
オレと一緒の時にはあまり着てくれない花柄のフレアスカート。少し襟ぐりの広い薄ピンクの大きなリボンを胸元で結ぶブラウス。
元から小さくて小綺麗な顔立ちがさらに一層引き立つような血色の良さそうな口紅。栗色のセミロングの毛先も、いつもよりしっかりカールしている。
「誰かと出かけてた?」
「え、ええ! 久しぶりの友達が、地元から来るって急に連絡が来て! ちょっとのつもりが、ね?」
「……そうか……あまり無理しないでくれよ。心配だから……」
「え、えぇ、もちろんよ」
紗妃は椅子から立ち上がると、急にがさがさと買い物袋を漁り始めた。
「早めに帰るならすぐ連絡くれればよかったのに……」
「? 4時くらいにLIMEしたんだけど……見てない?」
「!! そ、そうだったの? ちょっと待って」
急いで自分のバッグからスマホを取り出そうとする……そのバッグには見覚えがない……
「あ! ほんとだ! ごめんなさい……うっかり電源落としたままだったみたい」
「そうなんだ? スマホの電源落とすって、どこに?」
何気なく聞いたつもりが、ピク、と紗妃の表情が変わったのがわかった。
「その……友達がね、ここでしか上映されてない映画が観たいって言ってて、それで……」
「あぁ、映画館ならしょうがない」
にっこり微笑む紗妃の笑顔を見るのは久しぶりだった。でも……強張っているように見えた。
「え、ええ……ちょっ、と……私、着替えてから食事の準備をするね」
「あぁ、わかった。いいよ、ゆっくりで」
「ええ……」
パタパタとリビングを後にした紗妃は、自分の部屋に入っていった。
オレと紗妃は別々に部屋がある。当初、8畳の寝室は一緒だったが、帰りが遅いオレに合わせると夜中に起きてしまうから、と、最近の紗妃は8畳の自室にマットレスを敷いて寝ていることが多かった。
だからオレは──帰ってきたら1人で寝室に入って寝る。
その寝室のベッドも、全く同種のシングルベットが2台あるが──ダブルを買おうとしたら紗妃に止められて──月に1度だけ、そのベッドがくっついて置かれている日がそういう日になる。
月に1度のその日だけは何を優先しても早めに帰るようにしているが……この1年くらいは紗妃の気分が優れないことが多く、その月に1度すらも無いことが増えた。
だが、紗妃紗妃の負担にはなりたくなかった。
彼女をそばで支えてあげるのが、オレにできる唯一のことだと思っていたから。
「もう遅いから、今日の夕飯はお惣菜でも大丈夫?」
「ん? ああ、別に大丈夫だよ」
「そ。よかった」
そう言って出された惣菜は、ここ数日よく食べている味がした。




