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141 - 追憶(10)


 加藤の置かれた状況をようやく理解したオレは、加藤の父親を相手に完全に臨戦態勢に入りつつあった。


『世の親ならば当然やることです。子供が同性との恋愛を阻止するのは。同性で付き合ってどうする? その先に何がある? 子供を持てない恋人関係には()()()()()()


(生産性?! なんだそれ?!)


 オレは重い口を開いて静かに言った。


『だったらなんですか? そんなの、当人同士の問題だ。たとえ親だろうと、干渉するようなことじゃない』

『親? 親ですか。潮くんにはいないでしょう。いるのはそこにいるおばあさまだけだ』


 そう言って演技がかったようにばあちゃんに手を差し向ける。

 その眼差しには親無し子への憐れみと(さげす)みの色が(にじ)んでいた。


養親(ようしん)のおばあさまも心配なさる。()()()()()

『こんなことってなんですか?』


 頭は冷めているのに、煮えたぎるような青い炎が自分の胃の底から立ち上がってくるのが見える。


『同性愛ということだ』

『同性愛? オレたちは、ただ、お互いを思い合ってるだけだ!』


 そうだ。加藤とオレには友情以上の気持ちがある。それは認める。

 最初はそうじゃなかった。


 でも加藤はもう、オレの親友で、それ以上になり得る存在で────


()()()()? なんだそれは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『一括りにするな! 違う! そうだとしても何が問題なんだ!』


()()()()()()()()()()()()()()()、と私は言ってるんだ!!』


 そう断言した加藤の父親の、侮蔑(ぶべつ)(はら)んだ最低な表情を、オレは一生忘れることができないだろうと思った。


『じゃあ貴方は、加藤が付き合ってるのが女性だったら問題なかったと?!』


『当然だろう? 女性なら問題ない。常識的に考えても、そうだ。たとえ学生であっても、その先に子孫を残せない関係を持つなど、全くもって意味がない』


『!!』


 加藤の父親が唾棄(だき)したそのセリフは、まるで汚泥(おでい)のようにオレの心に貼り付いた。


『貴方は! それを他の人にも言えるんですか?!』


『他人はどうでもいい、とさっきも言ったはずだ。()()()()()()()()()()()()。それをわざわざ他人に言う義理も必要もなかろう』


『!!』


 あまりにも身勝手で、究極の利己主義的、血統主義的な、欺瞞(ぎまん)に満ちたセリフに吐き気がした。

 そんなことを、加藤(親友)の親が言うなんて、考えたくもなかった。


『生産性まで考えて恋愛する人間なんかいない! あんたが言うその価値観に縛られて、加藤は今、苦しんでいるじゃないか!』


『苦しんでいる? 私の息子が?! そうなのか? 耕史?』


 そうやって加藤の父親が加藤を見ても、加藤は俯いて黙したままだ。


『あんたを前にしてそんなこと言えるわけないだろ! なんでわからないんだ! 親なのに!』


『たかが子供の君に、庇護されている分際で何がわかる! 私は耕史だけじゃない! 君の未来をも憂いているんだ! こんな関係、長く続くわけがなかろう!』


『どうして……!』


『同性で愛し合ったとして、その先に結婚というゴールはない。そんな不毛な関係になんの意味がある?!』


『不毛かどうかは本人同士が決めることだ! あんたが! 親が決めることじゃない!』


『それは、当事者としての貴重な意見として受け止めておこう。ただし、一般常識からすると、()()()()()()だ』


 オレは自分が同性愛者なのかどうか、考えたことすらなかった。


 先週の金曜日から始まる──加藤の一連の行動に怖さを感じたのは本当だ。

 だが、不思議と【嫌悪感】はなかった。

 あそこまでされたら普通ならその後、近づきたくもないだろう。

 なんだったら、他の友人に相談していたと思う。


 だけど、あの時、自分が感じた恐怖以上に、加藤との関係を失いたくないと思ったのは確かだった。


 なんなら、加藤自身から、あのことを「なかったことにしてほしい」と言われたなら。 

 親友の関係を継続できると思って──自分の、その気持ちを信じて、オレは今日、加藤に誘われるままこの家に来た。


 なのに今────


 ()()()()()()()()(かた)る加藤の父親に【異常】と断言され、 オレは──友人に友人以上の感情を抱くことに、何の疑問も感じていなかったことを自覚した。


『あんたの一般常識は、あんた個人の偏見だ! 自分の偏見を【常識】だなんて堂々と言えるあんたの方がおかしい!!』


 加藤の父は、オレのセリフを聞いて、くくっと喉で笑った。


『君に言われたくないな、潮くん。耕史は一時の感情の間違いだったと認めたんだよ』


『?!』


 加藤の父親は興に乗ったかのように、自分が持っている手札を(さら)して見せた。


()()()()だ、とね』


 その言葉はオレの頭の中で像を成さなかった。


『自分が付き合ってると思ってるのは「みう」という女性で、君ではない、とそう私たちにはっきり言った』


『?! っだから、「みう」ってのは……!』


『「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。潮くん、【()()()()()()()()()()()】、そう言ったんだよ、耕史は』


『?!』


 その説明に、加藤の父に感じていた怒りとは別の、動揺と混乱が一気に流し込まれ


『君といることで、その初恋の彼女といる気分になっていたんだそうだ。君は【アニマ】という言葉を知っているかね? 心理学用語で、男が心の中に持っている()()()()()()のことだ。その女性像を()()()()見ていただけだ』


 オレは、加藤の父が言うセリフの半分も理解できないまま、呆然と加藤を見た。


『聞くところによるとまだ深い関係ではないということじゃないか。それなら話は早い』


 加藤はオレの疑問を、オレが加藤に聞きたい質問を肌で感じ取っているはずなのに、オレのことを無視し続けている。


『私はね、君たちの関係を()()()()()()()()()()()()()()だけだ。わかるね? 同性同士の恋愛のような感情は()()()()()()で、よくあることで、ほぼ()()()だ。それに耕史には異性の彼女もちゃんといる』


 自分に酔ったように自論を垂れ流す加藤の父親に、不気味で(いびつ)なものを感じながら、オレは込み上げてくる吐き気と必死に戦っていた。


『つまり、同性にだけ性的な欲求を感じるということじゃない。それは君たちのような年代に特有の、旺盛な()()()()()()みたいなものだ。君だって別に、男に性的な欲求を感じるわけじゃなかろう?』


 加藤の父のそのよく回る舌を引っこ抜いてやりたいと思った。


 俯いたまま何も言わない加藤に助けを求めようとしても、加藤は震える肩を見せるだけで何もしてくれないのがわかってしまった。


 この家は──暴君の独裁者(父親)に完全に支配されている。


『わかるかい? その状態は精神的な()()()()()()()()……そう、一過性の軽い病気だ。だから治療すれば……代替する行動や気の持ちようで治る。2人とも、異性の彼女と付き合うとか、もっと他のものに目を向けて没頭するとか、そうすることで同性に対する恋愛感情のようなものは()()()だと気づいて、なくなっていく』


(カンチガぃ? そんな、コト……)


 かすかな幼い声が、頭の奥の、どこかから聞こえた。


 オレは、加藤をなじりたい気持ちとののしりたい気持ち、それとは逆の慰めたい気持ちが入り混じり、目眩を感じていた。


『いいかね、潮くん。()()()()()()()()()()()()()()だ。耕史とこれまで通り友人関係を続けるのは難しいだろう。だが、耕史は今、大学の推薦などで非常に大事な時期だ。勝手に学校を休んだりすると評価に響く』


 そう言うと、加藤の父は母親に顎を上げて合図した。

 母親はそそくさと立ち上がって応接間を出ていき、すぐに戻ってきた。何か封筒のようなものを持って。


『聞くところによると、君は3年間耕史とともに野球部に所属し2人でバッテリーとして、他の生徒からの信頼も厚く、皆出席に近い。成績も優秀で先生の覚えもめでたいと聞いている』


 オレが玄関から入ってくる時にばあちゃんと加藤の父が話していた断片を思い出す。


 加藤の父は受け取ったその封筒の厚みを確かめながら


『卒業までの数ヶ月、君は学校に行かなくても問題ないことも、すでに調べてある』

『?!』

『潮くん。君には当分、学校には登校しないでもらいたい。君の方から先生に、受験が終わるまで休むとかなんとか適当なことを言って』

『なっ?!』


 見えない鞭でオレを打ち据えるように言い放った。


『耕史はまだ君が近くにいると諦めることができないだろう。それなら、()()()()()()()()、耕史の見えないところに行ってもらいたい。()()()()()()()()()()


 その封筒をオレ、ではなく、ばあちゃんに向けて、テーブルの上に差し出した。


『え?』


 会話の蚊帳(かや)の外だったばあちゃんはその封筒をみて目を白黒させ不安な表情で、オレと加藤の父を見比べる。 


『これはせめてもの……()()()()()()()()()()です。これだけあれば、県外の大学に進学することができるはずだ』

『はっ?!』


 それはお願いや依頼、などではなく──事実上──暴君からの至上命令だった。







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