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139 - 追憶(8)


 下校時刻は午後4時くらいになっていた。


 部活が始まる時間の少し前で、家の近くにある小学校もちょうど終わる時間帯だったから加藤の家に行くまでの間に何人かの小学生とすれ違った。


『……あの子達、5年生くらいかな?』


 加藤の家に行く道中で、会話しつつも少しの沈黙が流れていた時に加藤がそんなことを言った。チラリと前方を見やると、小学生の男子と女子が中良さげに歩いてる姿が見える。


 片方は普通に黒いランドセルだったが、もう片方の子は当時にしては珍しい茶色いランドセルを背負っていた。髪も短く、短パンを履いていため、背後から見ると一瞬男子同士かと思った。

 その茶色いランドセルを背負った短髪の子がなぜ女子だと分かったかというと、少し横になった瞬間、胸元がはっきり膨らんでいたからだ。


『……かわいい子だな』


 そう言った時の加藤の顔を見ることができなかった。

 先週の金曜日に加藤が言っていた「好み」を思い出してしまったからだ。


(「髪が短くてボーイッシュ」「巨乳」「釣り上がったキツめな目」)


 思い違いでなければ──それは()()()()()を指していたのか──と。

 ただし……性別以外のところで。


(いや、考えるな。思い込みで加藤(親友)を……判断したくない……)



 この時のオレはまだ、加藤を親友だと思っていた。加藤もオレのことを親友だと思っていると。


 4日前にも、加藤の家でも──あんなことをされた後だというのに、まだ、加藤が「あれは間違いだった」と言ってくれると信じていた。


 なぜなら──

 加藤が激しいスキンシップで(じゃ)れ合ってるオレたちを見た友人達が揶揄(からか)ってくる度、冗談めかした加藤の口癖はいつも決まって


()()()()()()()()()()()()()()()】だったから────



『「みう」もあんな感じだったよな』

『?!?!』


 ハッとして横を歩く加藤を見ると、前を歩いてる黒と茶色のランドセルをぼんやり見つめながら呟いていた。


『「みう」はあの子より、目つき悪かったな。……話しかけても反応薄いし、笑わないし、口も悪かったし……喧嘩も強かった……』


 歩きながら独り言のように呟く加藤から何か別人のような気配を感じたオレは、内心冷や汗をかきながら黙って隣りを歩いていた。


『でも……俺が……あの公園のブランコに乗って1人で泣いてる時……何も言わないで隣のブランコに乗ってた……』

『!』


 オレは先日の公園のブランコを思い出した。


『あの頃、兄弟で俺だけ親父によく怒鳴られててさ……何も聞かないでそばにいてくれたんだ……「みう」が……』


 加藤に言われたのが引き金になり、オレは一瞬で、その時のことを鮮明に思い出した。




 あの公園は、当時小学5年生だったオレにとっても避難場所の一つだった。きっと加藤にとってもそうだったんだろう。

 祖母に引き取られて5年近く経っていたが、周囲に馴染もうとしないオレを心配したばあちゃんが、色々言って来る度に煩わしくて、よくここに逃げこんだ。

 小学5年生にもなれば自我にも目覚めてくる。だが、自分の考えや感情を表現する言葉を持たないその時期は、1人で殻に閉じこもるか、その場を逃げてやり過ごすことが多くなる。特に男子は。

 口が達者な女子とは違い、口下手を自覚して自分を語ることができなかったオレは、ばあちゃんの説教めいた言葉から逃げるために時折公園に来ていた。


 そんな時に、加藤と鉢合わせた。

 たった1度だけ。

 夕暮れに照らされたブランコを小さく揺らしながら俯いていた加藤にオレは気づいたが、声をかけるでもなく話すでもなく、隣のブランコに乗って同じように小さく揺らしていた。




(そうだ、名前のことを加藤にからかわれたのはあの直後だ……)


 加藤は、何かにせっつかれたように続けている。


『あんなに本気で俺と喧嘩した奴なんて初めてだったから……嬉しかった……』

『加藤……?』

『本当は……話したかっただけなんだ……あの時も……』


 オレを向いて立ち止まった加藤がオレを見ている。

 嫌な予感がして、聞いてはいけないことを聞かされそうな気がしたオレは、とうとう疑問をぶつけた。


『か、加藤! お前、【男同士で付き合えるわけない】って、いつも言ってただろう!』


 加藤は、オレが見たことのない冷たい表情で笑った。


『そうだよ……()()()()()()()()()()んだ』

『?! っから! っどういう意味だよ?!』


 加藤は、また(くら)い目をしてオレを見て言い放った。


『……だって……「()()()()()…………()()()……()()()()()()、だろう?』

『?!?!』


 オレを見て微笑む加藤の顔には人間らしい温度を感じられなかった。

 その顔に貼り付けられた笑みは、人間というより、人形のようで──


 加藤の血の気が引いたような顔はそのまま変わることがなく、再び歩き出したオレたちは加藤の家に着くまで一言も話さなかった。


 不安な気持ちが増大していくのを抑えることができなかったが、でも加藤との約束を反故(ほご)にする気はなく。

 加藤の家に近づいていくと──ゲートの隣のいつもは空っぽの車庫に、加藤の父親のBMWが停まっていた。


(親父さん、いるのか……)


 オレは冷や汗が止まらなかった。

 金曜日のことは知らないと思うが、公園でのことがあって加藤の親と顔を合わせるのは気まずい。加藤が何を考えてるのかわからない。


 車庫を一瞥した加藤は、驚くような素振りもなく──父親がいるのを知った上でオレを家に呼んだ様子だった。




 加藤の父親は──国家公務員時代の現役当時、長く要職にいたらしく、今は天下り先である地元大手建設会社の取締役に就任している。


 中高大とラグビーで鍛えた体躯は、50を過ぎた今でも壮健で日頃活発に運動しているせいもあって、そもそも50代には見えない。おそらく加藤の体型や体質などは父親譲りなんだろう。顔も体型も母親に似ている次男の京太郎と妹の波絵はそれほど大きくないので、父親に似たのはおそらく長男である加藤(耕史(こうじ))だけだ。


 日焼けした顔と体はその当時の50代にしては大きく、体だけでなく声も態度も大きかったので同級生の父兄からは職業も相俟(あいま)って畏怖(いふ)されていた。かくいうオレも加藤の父親には3度ほど直接会ったことがあるが、圧の強さにひるんでしまい苦手意識が刷り込まれて今に至っている。


 大卒後すぐに国家公務員に就職した加藤の父は、激務をこなして叩き上げで地道に職位を上がっていき、35を超えて初めて授かった子供が長男の耕史だった。高齢手前に誕生した長子だったがゆえに、加藤は過保護で過干渉の父親から毎日何かしら小言を言われて育っていた。母親よりも細かい父親のその小言が、加藤の心に少しずつ蓄積されていったのは無理からぬことだったと思う。


 家族のことを話したがらない加藤の触れられたくない部分がそこであることを察していたオレは、加藤に直接両親の話を聞くことは一切しなかった。

 後に、弟の京太郎から聞かされることになったが──加藤本人の口からは、ついぞ語られることはなかったのだ────




 無言で家のゲートの横にあるインターホンを鳴らす加藤。

 オレがそれを横で見ていると


『開いてるわよ……』

『!!』


 加藤の母親の小さな声が返ってきて、オレは内心激しく動揺した。

 加藤の方を見ると、まるで自動運転になった機械人形(オートマタ)のようにゲートを開き、さらに玄関のドアを押し開く。


 すると


『そうですか! ああ、やはり潮くんは優秀ですなぁ!』

『いえ、いえ。そんなことは……』

『うちの耕史は、体力はあっても勉強はそれほどではないから……』


 加藤の父親の大きな声が、玄関左にある応接室から聞こえてきた。


(オレの話? 誰と?)


 相手の声が小さくてよく聞こえなかったが、加藤の父親が誰かと一緒に話しているようだ。


『ああ! 耕史(こうじ)! 潮くんも! こっちだ、入って来なさい!』


 加藤の父親が、玄関から入ってくるオレたちに気づいて大きな声と共に大袈裟に手を振って話しかけてきて


『……はい』

『?!』


 そのことを予定していたかのように答えた加藤に、オレは面食らった。

 嫌な冷や汗がどんどん噴き出してくるが、ここまで来て回れ右することはできなかった。


 加藤の父親が話していた相手は応接室入り口手前のソファに座っていて、後頭部しか見えない。だが、その見覚えのある白髪の多い後頭部に不審感を抱いたオレが加藤と共に応接室に入って行くと


『佐絵子。耕史と潮くんの分の飲み物も持ってきなさい』

『はい、あなた……』


 いつの間にか応接室にいた加藤の母親が暗い声で答えた。

 そして


『汐見さん、いらしたようですよ』

『!?』

『はい…………潮……』


 その時、振り向いたのは……怯えた表情をしたオレの祖母だった。






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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