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135 - 追憶(4)


 頭の中で警報が鳴っているのにオレの体は思うように動かなかった。


 加藤の目にはいつもの明るさがなく、真っ暗に見える。

 いや、見えてはいない。なぜならオレは今加藤の目を見ていないからだ。


 だが、じっとオレを見据えている加藤の視線を全身で感じていた。


『か、とぅ……な、にをした……』


 間違いない。何を飲んだのかはわからなかったが、あのおかしな匂いがした麦茶が原因だ。

 呂律が回らない舌ったらずな声で加藤を糾弾したかったが、オレの頭はオレ自身の意思すら無視して思考を手放そうとしていた。


『……「みう」……』

『こ、たえ、ろ……か、とう……』

『俺の…………だ……』

『?』


 ぼんやりした視界と意識の中、加藤がしゃがみ込んだオレの首の後ろと両膝裏に腕を入れて抱き上げるのがわかった。

 頭が回らない。三半規管がぶっ壊れたのか、天も地もわからなくなっていく。


 そうしていると、加藤がオレをベッドに下ろしたのがわかって────


『「みう」……』


 加藤の、眉も鼻柱も太い男らしい顔が上気して赤くなっているのが視界に入ってきた。

 ギラギラした加藤の視線が舐めるようにオレの全身に注がれているのがわかる。


 オレはその時、生まれて初めて欲情しているリアルな男の顔を見たのかもしれない。

 そして──その状況に──恐怖していた。


『……やっと……』

『ぁと……ぅ……』


 声を出すことすらままならない。

 身体が鉛のように重くて目を開けているのすら億劫になり、どんどん瞼が閉じていこうとするのがわかる。

 体の感覚が鈍磨していくのを感じている時。


 加藤がオレの体の上にゆるく覆い被さってきて……ゆっくり、抱きしめてきた。


(ダ、メだ……こんな……!)


 加藤はオレを見ているようで見ていない。

 なのに、その血走った目はオレを獲物のように捉えて放さない。


『「みう」……』


 そう呟くと加藤はオレの胸元から顔を離し、震える手でオレのワイシャツのボタンを外していく。


 外気に晒された胸元が少し冷たく感じるが、それ以上に加藤の荒い熱い吐息がそこにかかり

 ヂュっ と音がして胸の谷間に痛みが走った。


『っつ!』

『「みう」……「みう」……!』


 加藤はオレの胸に顔を埋めながら深く呼吸をして、壊れた人形みたいに「みう」を連呼する。

 そうする間にも加藤の熱く硬いものが同じオレのものにゴリゴリと擦り付けられていた。


(オレは、「みう」じゃない……!)


 叫びたかった。

 なのに、オレの思考は真っ暗な闇に落ちる寸前だ。


 意識が泥沼に引き摺り込まれそうになるのを必死に押し止めながら、オレは最後の力を振り絞って加藤に向かって叫んでいた。


『加藤! オレ、に……触るなッ!!』

『!!』


 一瞬ビクっとなった加藤が、ゆるゆるとオレの下腹部に向かっている手を止めた。

 我に返ったのか、その目に理性が戻っているように感じる。


 次の瞬間、加藤の顔には怯えたような表情が走り


『う、しお……ち、ちがう……違うんだ……』


 さっきとは違う狼狽えた加藤が、弁解しようとしている。


 オレはぶるぶる震える左肘をベッドについて、ゆっくり起き上がった。

 意識はまだあるが、ぼんやりしていて現実感がない。

 だが、これ以上ここにいたらマズい、ということだけがわかる。


(……かとう………な、んで……)


 傍から見るとそうは見えなかったかもしれない。だが、(くじ)けそうになる自分の体を起こしてオレはゆっくり立ち上がった。 

 崩れそうな膝と(もつれ)そうになる両足を必死に前に繰り出して扉にあるリュックを取ると、よろけながら壁伝いを這うように加藤の部屋を出た。


 すると玄関から呑気な声音で


『ただいま~。あれ? 潮さん来てる、の……って、潮さん?!』


 ふらふらと階段を降りてきたオレに気づいた加藤の弟・京太郎が、階段を踏み外しそうとしたオレの両肩を掴んだ。

 別の人間が来てくれたことに安心感を感じたオレは朦朧(もうろう)とする頭を振って京太郎に


『たの、む……ちょっとそこ、に……』

『え? って、ちょっと!』

『少し……だけ……』


 そう言うと、オレは意識を手放した。






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▶︎▶︎前半部未読の方はご注意ください◀◀

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▼ 他 掲載作品 ▼

君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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