133 - 追憶(2)
加藤の家は国家公務員の父親と、主婦の母親、そして弟と妹の5人家族だ。
小学校でオレと喧嘩した後、突然いなくなったと思ったら、父親の転勤で別の県に引っ越したらしい。だが、地元にある少し古い洋館の実家を放置するのに忍びなく、早めの勧奨退職を受けて長男である加藤耕史の高校進学を機に、加藤家は地元に戻ってきたということだった。
加藤本人からは『今度また親父が転勤することになったら俺は着いていかないし地元にある家に帰るっつったらさ、親父も体を壊したりしてたから退職することになったんだ』と軽く言われた。
国家公務員まで勧奨退職なんて世の中世知辛いなと思ったのは加藤には言わなかった。ただ、加藤本人には父親の転勤に思うところがあったんだと思う。
オレたち2人は肩を並べて、加藤の家までの道のりを会話しながら歩いていた。
『親父がさぁ、うるさいのは減ったんだけどよ……こっちはやることやってんだから放っとけよ、って感じなんだけどよぉ……』
『……そうなのか』
『あ……ごめん……』
『気にするなって』
オレには両親共に健在な子供の気苦労がわからない。
加藤はオレの両親がすでに鬼籍入りしているのを知っている。だから当初は親の話題を振るとオレが気にするんじゃないかと躊躇っていたようだが、それに関してオレが『気にするな。親の話をするくらいどうってことない』と言ったあたりから態度が軟化した。
それ以来、他の友人には絶対に言えないような家族の話もするようになった。
『……潮だけだよ……家のこととかさ……愚痴言えるの』
『お前、意外と人見知りだからな』
『意外って言うなよ。一応さ、外交はしないといけないだろ』
『……友達付き合いを「外交」って言うのはどうなんだ? そもそも外交って意味知ってて言ってるか?』
『馬鹿にすんなよ。まぁ……最近、色々……めんどくせぇなぁ、って思うよ』
こいつの窮屈さをオレが完全に理解できてるかというと多分違うだろう。チャラいように見えてかなり人間関係には気を遣っているのは知っている。なぜそこまでするのかその時のオレにはわからなかったが──
加藤の実家は古くから続く商人の家らしく、洋館の実家の敷地には蔵もある。
『蔵は今はほとんど使ってないけど、なんか骨董品がゴロゴロ転がってる。○○鑑定団に出したらそれなりに値段つくんじゃね? って言ってるけど手放すの嫌がってるから多分あのまま放置なんだろうなぁ』と言っていた。
話しながら歩いているうちに、加藤の家の前に着いた。
胸元あたりまでの低めの門扉を開くと、視界が広がる敷地に家の玄関まで続いている、曲線を描いた色違いの煉瓦のアプローチがある。
家そのものも洋風で、古いのに新しいというか、古臭さを感じさせない。洋風の庭が広がるその風景は何度来ても、なんというか風情のある異国情緒を感じる。
そのくせ、家の中に入ると、機能的に整備された小さなヨーロピアンハウス風になっているので、オレがばあちゃんと二人で暮らすこじんまりとした現代日本家屋とは正反対の雰囲気にいつも圧倒される。
アプローチの両脇に等間隔で並べられた洋風の鉢植えに、色とりどりの花が咲いているのを眺めながら歩いているとメルヘンチックな世界観に少しほっこりする。
しかし、そこを歩く学生服を着た体格の良い男子高校生2人というシュールな光景に毎回少しおかしくなる。
加藤は背中からリュックを回して胸に抱え込み、前面ポケットに手を突っ込んで鍵を取り出して開錠した。玄関はキイィ、と少し音を立てて開いた。
『入れよ』
『おじゃまします……』
加藤の家に入る時はいつも緊張する。
物心着く前には父親は居なかったし母親のことを覚えてはいても、もう何年もオレの養親は祖母1人だ。だから両親という存在を身近に感じたのは加藤の親が初めてだった、というのもあったかもしれない。
加藤の家は玄関を入って右手の壁に沿った階段があり、加藤の部屋はそこを上がって10センチ程度の廊下を歩いて突き当たりだ。廊下の途中にある部屋は弟妹の部屋で、家族5人全員分の個別の部屋があるのに、まだ使ってない部屋があと3つあると言っていた。
玄関から入ったエントランスから見えるリビングをキョロキョロと見渡したオレは聞いた。
『京と波ちゃんは?』
京こと京太郎は加藤のすぐ下の高校1年生の弟で、波ちゃんこと波絵は中学3年生の妹だ。
いつもこの時間帯なら20畳はあろうかというこのリビングのどこかに誰かがいる。この2人の弟妹は年子ということもあってよく喧嘩するらしく、その度に仲裁に入るのが長兄の加藤なんだが、2人とも反抗期に入って最近めんどくさいと言っていた。
『ぁあ、波は塾。京は部活』
『そうか』
『うん』
加藤の両親が不在だとしても大概、二人の兄弟のうちどちらかは家にいる。加藤家に家人が一人もいないってのはかなりレアなパターンだ。
かくいうオレの家は、オレが帰宅する時間以降にはいつもばあちゃんが在宅してる。目も耳も悪くなったばあちゃんが夕方から外出するのを嫌がるから。
『じゃあ、今誰もいないのか?』
『そうなるな』
『加藤の家にしては珍しいな?』
『うん……お前、麦茶でいいか?』
『あ、ぁあ、なんでも』
そう言うと加藤はリビングにリュックを放り投げて奥のキッチンに行った。ごそごそと何かを探っているらしく、また、冷蔵庫を開閉する音もする。
『潮、お前、先に部屋行っててくれ。何か食うもの探して持ってくから』
『じゃあ、部屋行っとく』
『あぁ。ついでに電源入れてロードしといて。新作ゲーム挿さったまんまだから』
『了解』
最近のゲームはクオリティが高いのは良いけど、初起動の時に時間がかかりすぎるのが玉に瑕だ。待ってる間に手持ち無沙汰になるのが嫌で他のことをしてるとゲームやろうとする気持ちが削がれる。
なので、勝手知ったる加藤の部屋に行くと、オレが本体の電源を入れて起動するってことが多い。
別に食い物とか飲み物とか後で良いのに、律儀なやつだな、と思う。




