131 - 侵襲
──── 汐見視点<2> ────
佐藤の家から逃げるように出てきたオレは、深夜手前の電車の中にいた。
先日のネカフェと違って、この時間になると駅構内は人もまばらで、オレは脇腹を庇うようにドアに凭れながら車窓から闇を見つめていた。
佐藤の家を出る、最後あたりの記憶が曖昧でついさっきのことなのによく覚えていない。
驚いた後の佐藤の悲壮な表情が、オレを責める。
(泣いてるんじゃないか、あれ……)
駅から出ると、家路に着く足取りも不確かなまま、帰巣本能に従ってオレはとぼとぼ歩いていた。
現実感のない今の状況を早めに打破しないことには前に進めない。それだけはわかっている。
「た、だい、ま……」
玄関のドアを開けると照明も点けずにそのまま寝室に向かい、持っていた紙袋を足元に置いてベッドに仰向けのまま倒れ込んだ。
「いたい……」
佐藤の家にいる時はあまり感じなかった痛みが、自宅に帰ってくるとまるで痛覚が戻ってきたかのようにジクジクと痛み始める。
(いや、違うな……痛みがあったのに、感じにくかっただけだ……)
オレはベッドに横になったまま、左腕を目元に置いて、この1週間のことを考えていた。
先週の木曜から目まぐるしかったのに、この2、3日は特に──
(ウマくイかない、ね?)
(……そう、だな……)
(ジゴウジトク)
(それも、そうだ……)
結局、はっきりとは言わなかったものの、佐藤への返事は保留にしてしまった。
「断ろうと……思ったのに」
(ホントに?)
「そうだ……応えるつもりは、ない……」
(コタエルシカクガナイ)
「……そうだ……」
(でも……サトウはスき)
「……」
(なんで、ダマる?)
「言いたくない……」
(なんで?)
(オモイダスカラダロ)
「……」
(サトウはチガぅよ)
(ソレハワカラン)
「違う……佐藤は……オレとも違う……あいつの、あいつの将来を考えるならオレは…………」
(サトウのショウライ? ジブンのショウライ、じゃなくて?)
(アイカワラズ、スリカエガウマイナ)
「やめろ……」
(ねぇ、サトウのこと、ホントウにどうオモってるの?)
「佐藤は……友達……親友、だ……」
(ホントウに?)
「……本当だ……」
(サトウがオンナだったら、ヨかったのに。ってオモった、よね?)
「……何年前の話、だ……」
(サキがアラワれなかったら、サトウとツきアった?)
「だから! 男同士なんだぞ!!」
(オトコドウシデ、ツキアエルワケガナイ)
「そう……だ……!」
(スきなら、カンケイない)
(カンケイアルダロ、オマエハトクニ)
「……関係……」
(なんで? サトウがスきは、ダメ?)
(オトコドウシダカラダ)
(スきはオトコドウシ、ダメ?)
(ソウダ。セイサンセイガナイ)
(セイサんせイ……ヒツよウ?)
(アタリマエダ。コドモヲツクラナイニンゲンハ、イキテルカチガナイ)
「……そんなことない……」
(……コドモツクれないシオミ。イきてるカチないの?)
(ソウイウコトニナルナ)
「……そんなこと……」
(サトウがスき、じゃないの?)
「……友達として、だ……」
(ホントウに?)
「…………」
(また、ゴマカすの?)
「それは……」
(スクイヨウガナイナ)
「うるさい!! わかってる!」
(どういうスき?)
「……」
(マサカ、アイツトオナジジャナイダロウ?)
「うるさいっ! もう黙れお前ら!」
(ダマッテラレルワケナイダロ)
(だって、ボクらはヒツヨウだからデてキた、んだよ)
「必要ない!!」
(そんなわけ、ナイ)
(オマエガワタシタチヲヨビダシタカラ、コエガキコエル、ンダ)
二重音声を頭の中に響かせているオレはもうおかしくなっているのかもしれない。
「こんなの、佐藤に知られたら……」
更けていく夜に身を任せて、オレは微睡の泥に沈んだ。




