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130 - 汐見のイド(Side:Other)

  ──── Chapter06 ー 三人称視点 ────


 その告白は、もう誤魔化せないと悟った佐藤が苦しげに絞り出したものだった。


 汐見の誘導尋問だったため、告白というより自白のようなものだ。

 佐藤本人の気持ちとしては、汐見の告白と同様、懺悔(ざんげ)に近い。


 想定していた汐見は、佐藤から打ち明けられても驚きはしなかった。

 佐藤の気持ちを確認したくて問い詰めるような質問をしたのは自分の方だったから。


 だが────


(ウレ、しぃ……)


 汐見の内の奥深くから、か細い子供の声がした。

 その声に耳を塞ぐようにして汐見はまた己の疑問に立ち返る。


(なんで、オレなんだ?)


 出会ってから長く佐藤の一番近くにいる自覚はある。


 佐藤が、最初から自分に恋愛感情を抱いてたとは思えない。

 少なくともそういう感情を佐藤の行動から感じたことはない。


 だがそれは──佐藤が万全を期して汐見に悟られないように動いていたからに他ならない。


 鈍感な汐見は、事前に佐藤のあの部屋と大量の写真を見ていなければ、告白されたところで佐藤の本気を冗談と受け流して終了しただろう。


 それにしても。と汐見は冷静に考える。


(友情が恋愛感情に変わるなんてことが、あるのか?)


 汐見にはわからない。

 友情は友情で、恋愛は恋愛だと、()()()()()()()()()()()()()と思うから。


(同性愛者じゃない、ノニ…………同性に……)


 感情は理屈じゃないと言われるが、その言説が今の汐見の頭からはすっぽり抜けている。


 そして、その間にも汐見の中の何かが汐見に囁く。


(チガウダロ。オマエ、ハ)


 汐見の中の()()が、汐見が感情の(おもむ)くまま動くことを抑圧(よくあつ)する。


「……ごめん……気持ち悪いよな……でも……」


 哀しげに、苦しそうに佐藤が汐見に告解(こっかい)する。


「? 気持ち、悪い?」


 汐見は、ぼんやりと佐藤の顔を眺めていた。


「……だろ……」


 近くで佐藤の顔を見ているのに焦点が合わず、輪郭すらぼんやりしている。


「だって……お前は俺のこと、友人と思ってる、だろ……」


 汐見の視線を受け止めきれず、佐藤は罪悪感から目を伏せた。


 佐藤に言われた汐見は、自分自身に問い返す。


(気持ち悪い……のか? オレ、は……)


 汐見は自問自答していた。


(チガぅ……)


 気持ち悪さで言うなら、紗妃の不倫を、不倫相手の写真を見た時の方がよっぽど気持ち悪かった。


 あの時感じた、吐き気が止まらないほどの憎悪と嫉妬と(おぞ)ましさ。

 頭からもう1人の自分が這い出そうとする感覚。

 夏だというのに、眩暈がするほどの寒気がした。


(ぁのトキと……チガぅ……)

 

 また、小さな幼子の声が囁く。


 気持ち悪さを尺度にするなら──佐藤の部屋や行動を知って、ソレに何某(なにがし)かのマイナス感情は一瞬生まれたが──佐藤のソレを気持ち悪いとは思わなかった。

 思えなかった。


(どうして……)


『普通なら』盗撮行為など、誰にされようと『気持ち悪い』と一蹴して終わりだろう。


 だが、佐藤は、その行動と行動から得られる結果以上に、汐見に迷惑をかけたくない、と細心の注意を払って汐見自身に気づかれるようなことすらしなかった。


『汐見に嫌われたくない』というただその一心だったのだろう。


 それでもその『純粋で真っ直ぐで、想いが強すぎるが故の好意を起源とする行動』を、汐見は気持ち悪いと一刀両断することができなかった。


 そんなことができないほど、汐見にとって佐藤はもう替えの効かない存在だった。


(……お前は……()()()気持ち悪いと思うと、思って…………)


 汐見への好意が執着に変容し、盗撮写真をあの部屋の壁いっぱいに敷き詰めていても。


 佐藤は決して汐見に自分の片想いの見返りを強要しなかった。

 それどころか一欠片(ひとかけら)も汐見に求めなかった。

 あろうことか、告白すらずっと躊躇(ためら)っていた。今も。


 それは、汐見に


『気持ち悪がられるくらいなら』

『嫌われるくらいなら』

『そばにいられなくなるくらいなら』


 告げる必要がない。と───


 汐見の気持ち。

 汐見のそばにいられること。

 ただそれだけを最優先にした結果だった。


 佐藤は、ただひたすら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(……違うンダナ……お前ハ……)


 佐藤が、自分の片想いを告白しなかった理由。


 汐見を尊重し、(おもんぱか)り、自分の好意を押し付けようとしなかった、佐藤の行動がようやく理解できた汐見は──佐藤のまっすぐすぎる想いとは逆に、自分の気持ちはぼんやりしていた。


 汐見は、佐藤のその理由を、無意識に『ウレしぃ』と感じる自分の気持ち──輪郭すら覚束(おぼつか)ない、()()──を、なんと名付ければいいのかわからない。


(お前に応エる資格ナンカ……オレにハ……)


 汐見は佐藤の横顔の通った鼻筋や長いまつ毛を眺める。


 自分を好きだと言う、この端正な横顔を持つ男のその気持ちが未だに信じ難い。

 汐見を一番に考えて行動している佐藤の理由はわかった。


 だが、それに応えると自分の中の何かが壊れそうで、安易に手を差し伸べることができない。


「……お前は、オレを軽蔑しないのか?」

「え?」


 佐藤は、自分の質問を別の質問で返され、俯いていた顔を上げた。何の話だ? と秀麗な眉間に少し皺を作って汐見を見た。


 汐見は、焦点の合わないぼんやりした視線で佐藤を見る。


「オレは……()()()()()……」


 汐見は思う。


『家族を作ろう』と紗妃と約束した自分のために、佐藤は汐見への想いを諦めたのだろう。


 一方の自分は。

 妊活する(紗妃)の負担を減らそうとして検査をしたら無精子症とわかった。だが、(紗妃)と一緒にいたいがために、無精子症であることを紗妃に告げることができなかった。


 そして今、あの状態の(紗妃)とのことを。

 池宮の協力を得れば離婚できると聞き、戸惑ってはいるものの安堵し……あまつさえ佐藤からはっきりと告白され、心の荷が軽くなっていることを自覚している。


(……こんな……これが卑怯でなくて……なんて言うんだ……)


 紗妃との約束を守れなかったくせに、紗妃()を手元に置いておきたがり。

 状況が悪化した紗妃()を、今度は離婚することで手放そうとしている。


 佐藤の想いに応えることができないとわかってたくせに佐藤を問い詰めて告白させ。

 今度は佐藤からも離れようとしている。それもこれも──


(ミガッテニモホドガアルナ)


 汐見の脳内に、糾弾する冷たく低い声が響き渡る。


(し、方ない、だろう……こんな……)


 自分で招いた結果なのかもしれない。

 だが、こんなことを抱えたまま普通に生活することなどできるはずがない。


 汐見の中で、天秤に掛けるでもなく紗妃と佐藤のことをそのままにしておきたくなる気持ちがある。だが──


(全部、全部……置いて……1人で……)

()()、ニげるの?)


 汐見の胸の内のどこかから声がする。今度は、小さな、幼い声。


(……逃、げる……)

(ニげて、ドウするの?)


 拙いのに、責めるような言葉が


(……そうじゃ、ない……ただ……考えないと……オレは……佐藤は……)

(ホントウに、サトウのため?)


 汐見の心臓を抉る。


 佐藤の輪郭がどんどんぼやけていき、ぐらぐらと視界が歪み始めて。


「汐見?!」


 ガッ と佐藤に両肩を掴まれた汐見の視界に、佐藤の顔がようやくはっきりと現れた。


「大丈夫か?! 顔色、だいぶ悪いぞ! ちょっと横になれ!」

「……大丈夫……」

「大丈夫って顔してねえんだよ!」


 いつでも。

 無表情の汐見から、本当の状態を読み取ることができるのは佐藤だけだった。


 どれほど気分が悪くて青褪めても、同じ部署の人間にそれを察知されたことは一度もない。7年近く一緒にいる後輩にすら、気取られたことはない。


 だが、佐藤は出会って1年もしないうちに無表情の汐見を見て、状態の悪い時や機嫌が悪い時など何も言わなくても感じ取り


(……必要な時に、必要なものを……)


 欲しい時に欲しい言葉をくれた。


 妻である紗妃でもなく、()()()()()


(イマ、ナニが、ヒツヨウ?)

(……何も……いらない……)


(ホントウ?)

(……ひとりに……なりたい……)


(ホントウに?)

(……多分……)


「大丈夫。……佐藤、悪い。オレ、帰るわ」

「は?!」


 そう言うと、汐見はボティバッグを抱えてすっくと立ち上がり、財布を引っ張り出して5千円札を1枚抜き取った。


「これ。手持ちが少なくて悪い。泊めてもらった分の家賃な。食費とか足りない分は後で請求してくれ」

「え、しお……」

「さっきの資料だけは持って帰る。他の荷物は宅配で送って欲しい。その分の送料もLIMEで教えてくれ」

「ちょっ、と待て!」

「悪い。色々……1人で考えたい」

「汐見!」

「ありがとう、佐藤。すまん」

「?! なにが! 何が、すまん、なんだ?!」

「いろいろ」

「おいっ!」


 佐藤の制止の声も聞かず、汐見はスタスタと資料を置いてある部屋に行き、紙袋を鷲掴んで玄関で靴を履き始めた。


(結局……1週間も居なかったな……)

(モっと、イたかった?)

(……そう、かもな……)


(ナガイスルトジョウガウツル)

(そう、だな……)


「汐見っ!」


 玄関口まで縋って来た佐藤は混乱して汐見の名前を呼びかけることしかできない。


「世話になったな」

「し、汐見! っそ、そのっ! お、俺は……!」

「今後のことを1人で考えたい。来週まで会社も休む」

「っな?!」


 慌てる佐藤の左肩にポンと右手を置いて


「ありがとう。……少し、時間が欲しい」

「?!」

「……お前の望むような答えじゃないかもしれない」

「っっ!!」

「……けど、ちゃんと整理し(片付け)たい」


 そう告げた、汐見は寂しげな苦笑いを浮かべていた。


「お前のことも、紗妃のことも。……オレ達3人は迷子になってるな……」

「!!!」

「……気持ち悪いとは思わなかった。今度、あの部屋も見せてくれ」

「?!?!」

「ありがとう、またな」

「汐見!!」


 呼び止めようとする佐藤の声を振り切るように玄関のドアを閉めると、汐見は足早に佐藤のマンションを後にした。






 それから2週間────


 地獄のような【()()()()()】に、佐藤は、耐えるしか為す術がなかった。






6章:──── 視点切り替えあり<1> ──── 終了


▷次話から、次章は汐見視点

『追憶』は汐見の過去にまつわるストレスフルな内容です. 1章まるごと一気読みをおすすめします.



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※イド(id):エス(es)ともいう。フロイトによって提唱された精神分析的人格構造論を構成する主要概念。衝動として快を求め不快をさけ、満足を求めようとする個人の無意識に潜む本能的エネルギー。自我と超自我の統制を受ける。

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◇次章の展開が気になる、と思っていただけましたら──

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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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