128 - 一片の想い(Side:汐見)
──── Chapter06 ー 汐見視点(3) ────
「そ、れは……どこ、で……」
佐藤の表情が動揺を訴えて、わかりやすいほど青ざめていく。
オレは、それを宥めるように静かに答えた。
「……落ちてた。……これ、鎌倉の時の、だよな?」
「……」
困惑している佐藤が気づかないことを知っていて、オレは──卑怯なことに──あえて核心に触れなかった。
いつ、どこにそれが落ちていたのか。
なぜ、オレがそれを拾い、どうして今、その釈明を求めているのか。
佐藤は動揺していてオレがあえて触れなかったその核心に気づかない。
わかりやすいくらい挙動不審になった佐藤は何も言えなくなる。
オレは冷えていく頭の中で呟いていた。
(その状態のお前は……久しぶりに見るな…………)
狼狽える佐藤を見るのは久しぶりだ。
仕事でそこまでの状態になったのは、最初に一緒に営業に行った時くらいだ。いつもなら、佐藤が動揺すると冷静になっていく自分の脳内で、色々シミュレーションしながら話を展開していく。
だが、オレは今、テーブルにある写真を眺めながら、思ったことを口にした。
「よく撮れてるな……ブレてないし……」
「……」
本当によく撮れている。この角度も絶妙だ。
2点でピントを合わせるのは技術がなければなかなか撮れないはずだ。そして多分、紗妃の姿だけが、佐藤の横顔で巧妙に隠されている。
だから──紗妃に向けて笑っているはずのオレが、佐藤に笑っているように見える。
オレは唖然としている佐藤と視線を合わせ──苦笑してから、話しだす。
「鎌倉に行った時の……だよな……懐かしいな……もう3年以上前、か……」
呆然としている佐藤の口が半開きになっている。
(そんな表情でもイケメンてどんだけだよお前)とオレは心の中で突っ込んだ。
佐藤がどう答えるのか予想はしていない。
だが、こんなに長いこと片想いを続けているくらいだ。
おそらく今回もなんとか誤魔化してこようとするだろう。
だが────
(……これ以上、長引かせるのは…………)
頭の中で誰かを思い浮かべつつ、でもお前は違うだろう、と思っていた。
脳内で響き渡る声。
オレの拘り、蟠り、全ての根源がオレの中で木霊する。
(サトウニ、コタエルツモリカ)
違う。佐藤の想いに応えるつもりはない。
紗妃と家族を作ると決めた時に、オレの中で終わった話。
(でも、コドモがノゾめない……なら)
それなら余計に。
オレはオレの道を、佐藤は佐藤の……オレとは違う道を──
「……こんな写真、撮るなら撮るって言えよな……」
「!」
「オレ、変顔になってるじゃないか……」
オレと紗妃が結婚を前提に付き合うことになった、この写真の日付。
佐藤はオレが紗妃と付き合えるように橋渡しをしてくれた。
美人に耐性がないにも関わらず、女性とまともに交際するのがほぼ初めてだったオレを。付き合い始めてもおっかなびっくりで紗妃と話すオレを、お前はいつも勇気づけてくれた。
この時、紗妃は佐藤から本気なのか、と聞かれたと言っていた。
『怖い顔して聞かれたわ。「汐見と本気で付き合う気なのか、俺の大事な親友を傷つけたら許さない」って。少し妬けちゃった』
そう言ってコロコロ笑った紗妃を見て、オレは本当に幸せを噛み締めていた。
親友の佐藤にそこまで心配されて、祝福されて、紗妃と付き合えるようになったことを。
オレのことを心底心配してくれるお前に感謝したし、今でもそれは変わらない。
(だけど、それは……その時からずっと片想いだったのなら、なぜ……)
「なぁ、佐藤。……お前、オレに言うことあるだろう?」
「!!」
オレはお前の気持ちをもう知っている。
この写真を見て、それでもわからないと思われてるとしたら、お前の中のオレは恐ろしいくらい鈍感だってことか。
この写真だけじゃない。お前の部屋を見たからだってのもあるが──それでも。
(溢れている……この写真から……)
お前の気持ちに応えることはできない。
だが、今、このタイミングでお前の口からちゃんと聞いておきたい。
この機会を逃すと、オレも、お前もきっと後悔する。
(タトえ、どんなコタえでも?)
オレがお前の気持ちに応えられなくても……お前なら……きっと。
(それは、ショクザイ?)
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
(少なくとも、お前に相応しい相手は『オレじゃない』)
「……こういう写真はさ……好きな子と撮るもんだよな?」
この、佐藤の横顔がキスしてる相手が『紗妃』だったら、オレは即座に納得しただろう。
少なくとも佐藤が向けたベクトルの先にいるのが『女』なら。
オレは佐藤の顔を凝視したまま続ける。
「友人と……隠し撮りするようなものじゃない、よな?」
佐藤の顔が苦しそうに歪んでいる。
それでもオレは佐藤の気持ちを確認しておく必要があると思った。
そうでなければ、前に進めないと思ったからだ。
(……紗妃とは離婚する……いずれそうなるだろう……だが、佐藤と一緒には、いられない……)
「……後で見せてくれてもよかったんじゃないか?」
追い詰めるような言葉を淡々と佐藤に投げつける。
オレの質問への答えに窮した佐藤が苦しげに顔を歪めて固まっている。
残酷なことをしていると自分でも感じる。
佐藤はオレが、自分に応えてくれないだろうと予想している。
そして、それは間違っていない。
(オレは……)
「佐藤。……教えてくれ。これは、どういう意図で撮ったもので……オレが写ってるのに、どうしてオレに見せてくれなかったのか」
佐藤はオレを見つめ返しながら、言葉を紡ぐことができない人形のようになっている。
オレは──追い討ちをかけた。
「……佐藤。お前が、どう思ってこれを撮ったのか、聞きたいだけだ」
「そ、れ、は……」
動揺している佐藤の表情は、オレを責めているように見える。
いや、実際責めているんだろう。
なぜ今そんなことを聞くんだ、と。
こんなにも長い間片想いをしている自分に、今更、聞かないで欲しい、と。
佐藤の、声無き声が聞こえる。
(決着をつけよう。オレも、お前も……前に……)
オレは、ゆっくりとため息を吐いた。
一瞬俯いたが、その顔を上げて再び佐藤と視線を合わせる。
「佐藤」
「……」
「お前が言わないなら、オレは返事のしようがない」
「!!!」
佐藤は見張っていたその目を不安で揺らし始め、パチパチと瞬きしている。薄茶色の長いまつ毛がそこで風を起こしているようだ。
(進むために……)
「佐藤。……お前のその感情は『刷り込み』だ」
「?!」
(今なら引き返せる。お前は、オレとは違う。…………お前は、真っ当に生きて……)
「お前が弱ってる時に、オレが一番最初に寄り添った……」
お前の口から、ちゃんと聞きたい。
けどお前が言うつもりがないなら、オレから言わせてもらう。
「お前の相談に乗ったのがオレじゃなければ…………お前の気持ちはそいつに向いたと思う」
「そんなことっ……!」
そうじゃないと佐藤、お前はきっと誤魔化すつもりだろう?
このままでいようとするつもりなんだろう?
オレはオレの中にある決定打を佐藤にぶつけた。
「だから、さ…………お前……同性愛者じゃない、だろ?」
「……!」
『同性に恋愛感情を抱くのは同性愛者だけだ』
霞む記憶が脳の底からジリジリと蘇りそうになる。
(ドウセイアイ、ジャなイ。~☆△×#○×ダったダケナノニ)
思考がノイズ混じりになってきた……
(うるさい──アレは──いつの話だ?)
「……ちょっと勘違いしてるだけだ。……オレがいつもそばにいるから」
「違うっ!!」
オレは驚いた。
諭すように言ったオレの言葉に、佐藤が強い拒否反応を示した。
「……俺だって……! 悩んだ…………!」
「……」
「勘違いなんて言うなっ……! お前が、言わないでくれ……っ!」
「……」
佐藤の目に涙が滲んでいる。
(……お前、本当に……オレの前だとすぐ涙ぐむよな……)
感極まって、なのだろう。佐藤はオレの前だと涙腺が緩む。
(そういえばつい2・3日前も2回くらい、ポロッと零したな……あの時はオレに同情して……それからその後、は……)
佐藤の泣き顔をこんなによく見るのは、オレが怪我をしたせいだろう。
(……こんなこと言ったら怒るだろうが……お前の、泣き顔は……)
オレは一瞬感じたその考えに、蓋をして目を背けた。
それは考えてはいけないものだと、オレの中の何かが訴えていた。
(マタ……ニげる、の……ミないフり、トクイだね……)
「俺は……汐見、聞いてくれ、俺は……!」
「……」
オレは、佐藤の顔を無表情で眺めていた。
(こんなイケメンが……なんで……男で、無愛想で、強面のオレなんか……)
オレの内にある葛藤を────
それを──佐藤の前に暴いて見せることができたなら。
オレはお前が思ってる以上に、どうしようもない人間だと告げたなら。
(きっと、お前は……)
そして佐藤がオレに、熱量を乗せた声音で、告げた。
「好きだ、汐見……! お前が、好きなんだ……っ!」




