122 - 弁護士事務所(12)
「っあの!」
「はい?」
「池宮先生は、2年前にお会いした時と、その、様子が随分変わられたな、と思ったんですが……」
思い出したように汐見が聞いた。
「ああ、あの頃は……はは、面目ない。結婚してからぶくぶくと太ってしまって。元々運動部に所属してまして、痩せの大食いだったんですが、仕事が忙しくて運動しなくなったので」
「じゃあ、逆にあの時の方が……」
「そうですね……5年くらい前から3年くらいは太ってましたが、流石に健診で引っかかってしまって。それから食事と運動に気をつけるようになって、1年かけて今の……元の体型に戻ったところですかね」
「今の体型の方が学生時代と変わらない感じ……ってことですか?」
「そうなりますね」
汐見は腕を組み直し、池宮の姿を見て脳内で情報を整理して
「紗妃は今のあなたの姿の方が親近感が湧く、のでしょうか……」
「?」
思わず、呟いていた。
「あ、いや……」
「汐見……」
汐見は池宮に話すべきかどうか悩んでいることがあった。
人格が変わった『6歳の紗妃』がICUで汐見を見て確かに言ったのだ。
『このおじさん、おとなりのお兄ちゃんに似てる。だけど、お兄ちゃんはまだ高校生だから』と。
佐藤は汐見が悩んでいる内容を少なからず察していた。
汐見と雰囲気が似ている今の池宮を見て驚いたのは佐藤の方だったからだ。だが、ここで自分が口を挟むべきではない、と思った佐藤は口を噤んでいた。
「その、郷里を離れてから初めて紗妃と再会したのは何年前なんですか?」
少し考えて、池宮は答えた。
「……不倫の件で連絡をもらった時なので、4年前ですね」
「……」
(……紗妃が池宮さんと再会した時にはすでにオレたちの披露宴で見たクマみたいな風貌で……)
その姿に何を感じたのかはわからない。紗妃の気持ちは汐見には憶測でしか測れないからだ。だが、
(池宮さんはともかく、紗妃は……)
汐見は、紗妃が変に意地っぱりなところがあったことを思い出していた。
自分が本当に思っていること、望んでいることを素直に言わないところ。
付き合う前は気づかなかったが、それは大概が照れ隠しだったり、素直な気持ちを隠して、相手に『本音を察してもらいたい』という甘えから来る言動なのだということがわかるようになった。
付き合って、同居するようになってから、汐見は紗妃のそういう時の気持ちを『察する』ことができるようになったのだ。
そして、そこから逆算して考えるに紗妃は────
(『迎えに行ってあげる』『先を越されて悔しがった』そして『結婚式には参加しなかった』って……)
汐見が黙り込んでいるのを見ている佐藤も思いを巡らせていた。
(池宮先生に何の落ち度もないとは思わないが、〈春風〉はきっと……)
池宮が汐見以上に相手からの好意に鈍感な人種だということを知り、こういう人種にどうすれば、自分の思いが正確に伝わるのだろうかと考えていた。
(相手からの『好意』に……)
はた、と佐藤は思ったことを聞いてみた。
「池宮先生が今の奥さんと付き合うきっかけって、なんだったんですか?」
「きっかけ? ……妻から告白されました。答案を指導してもらうようになってから少し気になってはいたんですが、私はまだ受験生で向こうはすでに合格していたので……憧れ、のような感じだったんです……」
「ってことは、池宮先生がまだ合格してない時に?」
「ええ、そうです。……今考えると私も妻もなかなか、ですよね。私が郷里に帰ることになったら自然消滅してたと思います」
「……」
池宮だってそれなりのハイスペックなのに話を聞いてるだけでも、妻の方が圧倒的強者で主導権を握っているように見受けられた。
「あ、あの! 失礼ですが」
今度は汐見の方から池宮に話しかけた。
「お子さんは?」
その質問を受けた池宮が苦笑いしながら明朗に答える。
「妻が子供は欲しくない、と言っておりまして……キャリアを分断されるのが嫌だと」
「あの……いつも夜遅くまで事務所に詰めてると言ってましたが、奥さんは何も言わないんですか?」
それは佐藤も気になるところだった。そして、その質問をされた池宮は今度は寂しげな表情を浮かべた。
「妻とはこの2年くらいほぼ別居状態ですから……」
「「えっ?!」」
(まさか?!)




